講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

277冊目

アフタヌーンKC『新装版 ベムハンター・ソード』(1)(2)

星野之宣 

佐藤木
ヤングマガジン編集部 23歳 男

世界の在り方

書籍表紙

アフタヌーンKC
『新装版 ベムハンター・ソード』(1)(2)
著者:星野之宣
発行年月日:2015/02/23

 2016年春、共に入社した同僚たちの漫画への情熱にコンプレックスを感じていました。
 この世は生きるに値するのだと、漫画を通して世に知らしめたい奴や社会の誰かに「生きたい」と思わせるような作品を作りたい奴、出版社へ入った目的を皆、熱く語ります。そういう奴らに話を聞くと、誰もが必ずどこかで漫画に救われた経験を持っています。
 その点、自分は何か漫画に救われた経験などありませんでした。死にそうなほど、辛かったこともなければ、死ぬほど何かを努力したこともないのです。
 ですが、人生を救ってくれたわけではないけれど、自分にもどうしようもなく好きな漫画があります。のちに講談社に入ろうと思ったきっかけになる星野之宣の『ベムハンター・ソード』です。

『ジョジョの奇妙な冒険』で有名な漫画家の荒木飛呂彦は、漫画が「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」の基本4大構造から出来ていると言います。

 僕にとってこの作品は「世界観」という漫画の根幹を成すものの魅力に気づかせてくれた作品です。

 子どもの頃、兄の部屋が遊び場でした。部屋には屋根裏まで突き抜けている高さ7メートルの本棚。隅から隅まで漫画が詰まっていたのを覚えています。毎日、小学校から帰るとランドセルを放り出し、兄の本棚を漁っていました。その中にその1冊はありました。
『ベムハンター・ソード』は、主人公ソードが宇宙に点在する生命居住可能領域の惑星を巡り、捕獲を依頼されたその星固有の生物をハントしていくSF短編集です。
 この作品には、毎話ごとに異なる惑星が出てきます。全球が海の惑星ステラ・マリス。三つの恒星に炙られ、砂漠化した星、惑星バーミリオンⅦ。自転の影響により各半球が夏と冬で永久に変わらない惑星ファイオリ。

 そしてその惑星には当然、生物がいます。

 ステラ・マリスには、数万年降り続いた大量の雨によって海洋の塩分が希釈されたため、浮力を得ようと巨大化の道を辿った海洋生物たち。
 バーミリオンⅦには、急激に砂漠になってしまった惑星の環境に適応しきれず、いつ来るか分からない雨季をじっと砂の下で待つ動植物たち。
 フォイオリには、夏半球と冬半球の境目、強風の吹き荒れる黄昏地帯で、より強い子孫を残すために生殖擬態する生物たち。

 それぞれの世界の環境下で進化し、適応した生物たちがいる、そんな当たり前のことが作品世界の存在を完璧にしていると思えて仕方ありません。
 べつにこの作品に出会えたからと言って、人生で辛かったときに救われた、人生の転機になった、なんてことはありません。しかし、この作品に出会えたことが完璧な「世界観」をもつ作品を世に送り出したい、出版社で働きたい、と自分に思わせました。今、自分はそれができる場所に立っています。それを考えれば、「この1冊!」は『ベムハンター・ソード』しかないのです。

(2016.08.01)

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