講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

273冊目

学術文庫『擬音語・擬態語辞典』

山口仲美 

高谷夏未
校閲第一部 24歳 女

とっくりとお読みいただきたい一冊

書籍表紙

学術文庫
『擬音語・擬態語辞典』
著者:山口仲美
発行年月日:2015/05/08

 私はサンドウィッチマンのお笑いが大好きです。説明するのは難しいのですが、言葉の使い方が何とも小気味良いのです。とあるコントの中で、次のような場面があります。

(急な腹痛で救急車を呼んだ男性。到着した救急隊は男性に問診を始める。)
救急隊:お腹はどのように痛みますか? ①どしんどしん
男性:どしんどしんではないな……
救急隊:②ぽよんぽよん
男性:ぽよんぽよんはただの太ってるヤツだろ…!
救急隊:③ズガガガガガガガガズガガガガガガガガ
男性:うるさいうるさい! ズキンズキン痛むんだよ!
救急隊:ズキンズキンは12番目ですね…
男性:それその後そんなに一杯あるの!?
(全て本稿筆者の聞き書きによる再現)

 同じコントの違う場面では、「ぴーひょろろろ」というセリフだけで、間違えてファックス番号に電話をかけてしまっていることを表す一幕も。確か大学2年生の2011年頃だったと思いますが、このコントを見た時が、日本語の「擬音語・擬態語」というものに初めて興味をそそられた瞬間かもしれません。しかし、「ふーん、意外と面白いんだな」と思った程度で、自分から特に深入りすることはありませんでした。

 時は流れて2015年、私は大学の図書館で衝撃的な出会いをします。何となく文庫コーナーを散策していて、たまたま目に入った、この『擬音語・擬態語辞典』。それだけに特化した一冊の辞典ができてしまうほど、擬音語・擬態語は日本語の中で重要な位置を占めているのか……! と気付いたのです。そう言えば、サンドウィッチマンのコントで面白いのあったな……と、上に引用した擬音語や擬態語をぽつりぽつりと思い出しつつ、ちょいちょい拾い読みしていました。しかし、学術文庫は少し高めということもあり、恥ずかしながら、購入するまでには至りませんでした。

 この辞典に決定的な運命を感じたきっかけは、その年に執筆した卒業論文においてでした。私は村上春樹さんの絵本翻訳を分析したのですが、ある作品において、英語の原文には見られない擬態語を上手く用いながら訳している部分がありました。例えば「perfectly」を「ぴたりと」、「alone」を「ぽつんと」など。絵本にふさわしく、かつ、元の英単語の意味を全く壊すことなくより効果的に表現できる方法を選択した結果だったのでしょう。当然、この部分の参考文献として使おうと、真っ先に浮かんだのが、『擬音語・擬態語辞典』でした。すぐに図書館の学術文庫の棚に走り、「ぴたり」や「ぽつん」が採録されていることを確認し、その後速やかに購入したことは言うまでもありません。どちらの項目も語釈や用例が一般的な国語辞典よりはるかに豊富で、自分の論により強力な説得力を与えることができました。

 本書において擬音語は「現実の世界の物音や声を私たちの発音で写しとった言葉」、擬態語は「現実世界の状態を私たちの発音でいかにもそれらしく写しとった言葉」、とされています。「日本人なら辞書を引かなくても意味がわかる」「流行語の側面を持っている」「いささか品に欠ける」といった理由から国語辞書には載りにくいそうですが、日本には擬音語・擬態語が欧米語や中国語の3倍から5倍も存在しているんだとか。

 用例は、新聞・雑誌・小説などから採集されており、古典から現代まで幅広く、時にはマンガも参考として載せられています。何となく違いは分かるけど言葉では説明できないような使い分けを知って、「これはその通りだな」はたまた「他にもこういう違いがあるんじゃないかな」と自分であれこれ考えていると、擬音語・擬態語がとても神秘的な存在に思えてきます。例えば、「じろじろ」「じろっ」「じろり」の違いを説明できますか? それぞれ順番に簡単に抜粋すると「視線を上下に動かして、無遠慮に繰り返し見る様子」「無遠慮に、一度、見る様子」「黒目の部分を横ざまに動かし、にらむように見る様子」だそうです。

「しっぽり」の項では「①男女の愛情が細やかで仲むつまじい様子。②雨が降るなどして濡れて十分に湿っている様子。」とあり、「参考」として「江戸の遊郭では、しんみりと落ち着いた様子を表す「しっぽり」があり……」と説明されています。私の感覚では、「参考」の意味の方を、主に使っている気がします。「今日はしっぽり飲みたい気分」など…。さらに、「ほっこり」という語を載せてもいいのではないか、とも思います。このように、私たちの生活に密着した言葉であるからこそ、擬音語・擬態語について自分なりに新たな発見ができるところも、本書の魅力のひとつでしょう。

 編者の山口仲美さんによる20のコラムでは、和歌・狂言・方言などと擬音語・擬態語の関係や世界の擬音語などについて知ることができます。擬音語・擬態語の語形とその変遷をまとめた表まで! 「読み物」として十分面白い――何と言っても、このような辞典が文庫で刊行されたことは、大層喜ばしいことだと、ほくほくした気持ちになるのです。

 さて、「意外と長寿」(本書コラムより)という擬音語・擬態語も、やはり歴史とともに変わっていくものもあるそうです。「ぴーひょろろろ」は、ファックスがあまり主流ではなくなった今、通じないこともあるのかもしれません。

(2016.07.01)

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