講談社100周年記念企画 この1冊!:火の鳥伝記文庫『徳川家康』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

198冊目

火の鳥伝記文庫『徳川家康』

松本清張

石田ひとみ
平成25年度新入社員 20代 女

地味なおじさんと、たいのてんぷら

書籍表紙

火の鳥伝記文庫
『徳川家康』
著者:松本清張
発行年月日:1982/09/30

 はじまりは大河ドラマ「秀吉」でした。突如戦国ブームにみまわれた小学生の私は、三英傑の火の鳥文庫を「大人買い」しました。

 最初に夢中になったのは、劇中では竹中直人さんが演じられていた『豊臣秀吉』。小さな体で機転をきかせて戦国の世を渡りあるく姿は、同じく小柄な私にはとても小気味良く感じられました。『織田信長』も、わたしにとっては大好きな武将のひとり。その鮮やかで短い一生を何度も読み返しました。 対して、家康は好みのタイプではありませんでした。格好いい合戦もそう多くはないし、関ヶ原も周りの人にばっかり戦わせて自分は偉そうにしている。淡々と天下をとった、地味なおじさん。そんな風に思って、この本を読むのは後回しにしていました。

 ところが読んでみると、この「おじさん」がなかなか面白い人なのです。三方ヶ原の敗戦や本能寺の変に取り乱して討ち死にすると言い出したり、意外と情に厚く、絶好の機会に秀吉を狙わなかったり。単なる地味なタヌキではないんだなあ、さすが天下を取る人だなあと、小学生の私は思い直しました。

 そしてなにより「たいのてんぷら」です! ご存知の方も多いとは思いますが、家康は「たいのてんぷら」を食べてお腹を壊し、結果的には世を去ってしまいます。その前触れの場面ではありますが、ごま油でかりっと揚げられ、香ばしいかおりがたちのぼるてんぷらを、普段は腹八分目と決めている家康も我慢できずにたらふくたべてしまう。なんだ、このおじさん、けっこういいひとじゃん! このシーンこそが、私が家康を好きになった決定打でした。

 よどむところのない簡潔な文章が、かの松本清張の手によるものだと知ったのはずいぶんあとでした。 そう思って読み返すと、なるほど、清張だけあって伝記だからといって、登場人物をいやに持ち上げたりすることはありません。
 それどころか、

「ただ、信長も秀吉も家康も、時代の選手だっただけである。」(p119)

なんて書いてしまうのです。それぞれの登場人物の事情と心情を描いて、きちんと彼らに感情移入させてくれて、でも歴史という本流から離れることはない。 清張の冷静な筆致は、私に徳川家康の魅力のみならず、歴史小説の魅力も教えてくれました。このあと私は山岡荘八歴史文庫ブームにみまわれるのですが、それはまた次の機会に。

(2013.05.15)

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