講談社100周年記念企画 この1冊!:青い鳥文庫『水滸伝』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

182冊目

青い鳥文庫『水滸伝』

施耐庵/作 立間祥介/訳 井上洋介/絵

大久保恭介
講談社BOX編集部 36歳 男

肝を冷やしました

書籍表紙

青い鳥文庫『水滸伝』
施耐庵/作 立間祥介/訳 井上洋介/絵
発行年月日:1988/02/10

 本書は、簡単に言えば「児童向けダイジェスト版『水滸伝』」です。しかし、訳者の立間先生は子供相手でも容赦をされない方針だったらしく、暴力的な場面も原作どおりに数多く出てきます。読み終えた児童の心に何が残るか、お母さま方には、やや心配な作品かもしれません。

 私も小学生のときに読んだのですが、殴られて頭がザクロのように割れたり、目玉が飛び出したりするシーンがふんだんにあり、おかげでとても楽しく読めました。子供相手でも『水滸伝』のおもしろさを一切スポイルすることなく伝えてくださった立間先生には、大いに感謝したいです。

『水滸伝』のわりとポピュラーな登場人物の一人に、武松という無頼漢がおりまして、ある日、この武松が、悪玉の差し向けた数人の刺客に襲われます。しかし、武松は虎を殴り殺すほどの豪傑ですので、当然これを返り討ち。そして生け捕りにした刺客の一人と、だいたい以下のようなやり取りをします(記憶を頼りに簡略化して再現したもので、正確ではありません)。

武松:「おい、誰に頼まれて俺を殺そうとしたんだ? 白状すれば命は助けてやるぞ」
刺客:「はい、張(悪玉の姓)の旦那です」
武松:「うむ、そうとわかったら、きさまも生かしておけない」

 そう言って武松はこの刺客を刀でもってグサリと一突き。死体を放り捨て、復讐のためにサッサと張旦那の屋敷に向かうのです。

「善玉」と思っていた武松が、あっさりと前言を翻して捕虜を殺してしまうことに、小学生の私は衝撃を受けました。さらに言えば、約束を違えての殺害なのに、武松には微塵も迷いがなく、事後も恥じたりしない。むしろこのあたりの描写からは爽やかさすら感じられ、私は「漢(おとこ)」というものの在り方について、大いに考えさせられました。ちなみに、このあと武松は張の旦那の屋敷に乗り込み、当の張さんのみならず、老若男女を問わず一族郎党皆殺しにしたうえ、わざわざ壁に血文字で「やったのは虎殺しの武松だ」と大書して逐電。これが有名な「血濺鴛鴦楼」の一席でございます。

 そのほか、梁山泊の英雄たちが、遺恨のある敵を捕まえたときも印象的でした。憎い敵を裸にひんむいて柱に縛りつけ、脇腹に冷水をかけたうえ、生き肝をえぐり出して食べてしまうのです。私は、かつてレバ刺しを食べるとき、いつもこの場面を思い出したものです。事前に脇腹に冷水をかけるのは「生き肝は冷えているとおいしさが増すから」だそうで、皆様も生き肝をえぐる機会がございましたら、ぜひ。

 小学生の私は、この『水滸伝』を読んで、将来は、焼酎を樽ごと飲んで大暴れする武松のような豪快な無頼漢になりたいと思ったものです。しかし、実際にできあがったのは、下戸で小心な肥満漢・36歳です。ですので、全国のお母さま方、先に「読み終えた児童の心に何が残るか」云々とつまらぬことを申しましたが、お子様が『水滸伝』を読んでいても、ひとまず心配の必要はないかと思います。

(2012.11.1)

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