講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社文庫『ハリスおばさんパリへ行く』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

136冊目

講談社文庫『ハリスおばさんパリへ行く』

著:ガリコ 訳:亀山龍樹

冨田美緒
VOCE編集部 40代 女

大人にこそ読んでもらいたい児童書があります

書籍表紙

講談社文庫
『ハリスおばさんパリへ行く』
著:ガリコ
訳:亀山龍樹
発行年月日:1979/12/15

 最初に『ハリスおばさんパリへ行く』を読んだのは、小学校中学年の頃。今はない、少年少女講談社文庫というハードカバーのシリーズの一冊でした。ディオール、ショー、オートクチュールドレス、スターモデル……。意味はよくわからないけれど、キラキラした言葉の響きに魅せられ、一気に読んだことを覚えています。

 ただ、主人公であるハリスおばさんについては、あまり興味をもてませんでした。高価なドレスに憧れて、一生懸命お金を貯めて、言葉も通じない国に頑張って行った人。ただそれだけ。通い女中で生計を立てる彼女のしたことがどれほど大変な冒険なのか、当時の私の知識では理解できなかったのでしょう。ストーリーの面白さで読み終えたけれど、本当の意味では読んでいなかったも同然でした。

 大人になって、文庫になったこの本を手に取り、再読して驚きました。まったく別の本を読んだかのように、印象が一変したからです。単純な子ども向けの読み物ではなく、「人の品格とはなにか」を描いた物語だったのです。

 ロンドンで、パリで、ハリスおばさんに手を差し伸べ、力を貸す人々の勇気や優しさに、何度も気持ちを揺さぶられました。彼らは恵まれた状況にいる人ばかりではありません。日々の悩みを抱え、絶望したり自信をなくしたりしています。それでも、ハリスおばさんの窮状を前に、自分にできる最大限の手助けを買って出るのです。そして、主人公のハリスおばさん。正直で善良で陽気で、人生の困難にも矜持と機知をもって立ち向かい、けっして卑屈になったりしません。実に魅力的な人物です。彼女の存在が周囲の人の善意や高潔さを引き出し、物語を幸福感溢れるエンディングへと導いていくのです。

 とはいえ、著者のガリコは非常にすぐれた作家です。この本をただ甘い夢物語で終わらせないために、ちゃんと人生の苦味も仕込んであります。詳しくは書きませんが、終盤、ハリスおばさんはある決断をします。子どもだった私が一番納得できなかった部分です。再読して、彼女の決断の意味がようやく理解できたとき――自分も少しは大人になれたのかなと思った瞬間でした。

(2012.03.15)

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