287冊目
講談社文庫『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』
いきなりですが、私はいわゆるチェーン店が大好きです。気軽に手軽に美味しいものが食べられる。こんな幸せありますか? 決して驕らずひたむきに企業努力を続け、古今東西どこの店舗でも同じ値段・クオリティで美味しいものを提供してくれるチェーン店に、私は絶大なる信頼を寄せています。
そんなチェーン店ラヴァーの私が、ある日突然お腹を空かせて手に取ってしまったのがこの『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』です。
吉野家、餃子の王将、サイゼリヤなど誰もが知っているチェーン店について雑誌『散歩の達人』のライターが超個人的な目線で語る本書は、どんなにグルメな人にもチェーン店に行くあの喜びを思い出させてくれる1冊。
たとえば「牛角」はこんな風に語られます。
筆者にとって、チェーン焼き肉といえば「牛角」だった。そのはじめての出会いの衝撃は今でも昨日のことのように覚えている。まずは肉質。焼き肉というものを知らぬハタチそこそこの貧乏人にとって、牛角の肉は、まだ見ぬ松坂牛と錯覚するほどの実力を感じずにはいられなかった。さらにカルビ一皿490円という驚異の値段、サイドメニューも充実し、炭火七輪というシチュエーションにも感動した覚えがある。
あの時代、牛角は青春だった。お金が入れば「牛角」。引越しの手伝いをすれば「牛角」。フラれたら「牛角」。先輩がおごってくれると聞けば「牛角」。と、節目節目には必ずあの店へと出かけていた。
ご飯について語った本は数あれど、こんなにも壮大に、こんなにも愛を込めてチェーン店について語った本を私は他に知りません。あまりに身近なのでチェーン店のありがたみを忘れかけていましたが、初めて出会った時には筆者と同じように大興奮したことや、私の人生の節目節目にもチェーン店がそっと寄り添っていてくれたことを思い出しました。
「吉野家」の七味を熱狂的に愛し、お客様センターに作り方を問い合わせて作ってみたり、「CoCo壱番屋」の1300gカレー制覇に10年間も情熱を燃やし続けたり、鼻をつままねば飲めなかった「A&W」のルートビアお代わり完飲達成を目指して15年もの月日を重ねたりと、筆者のチェーン店への「偏愛」は留まるところを知りません。そして、「餃子の王将」を「メタル餃子屋なのだ!」と言い切ってしまうその滑稽さにクスリとしながらも、30年ぶりに1人で訪れたファミリーレストラン「ファミール」で、家族が揃って食事をする時間の尊さを思い出す筆者の姿には思わず涙腺が緩みます。
ローカルなチェーン店のことも忘れないのが本書の見所。埼玉県出身の私は、郊外の街道沿いにしか出店しない「山田うどん」や、高校時代にアルバイトで中華鍋まで振っていたあの「ぎょうざの満洲」の登場に「忘れててごめん! 大好きだよ!」と思わず声に出してしまうほどの懐かしさを覚えました。(同時に、部活も恋愛もせず一心不乱に餃子を焼いていた暗黒の女子高生時代を思い出して胸が苦しくなったりもしました)行列ができる店や予約困難店ばかりが取沙汰される昨今ですが、どこの街にもあり、誰もが気軽に利用できるからこそ、それぞれの人のそれぞれのドラマがチェーン店には詰まっているのではないでしょうか。
最近神楽坂に引っ越して、血眼になって「いい店」を探していた自分がいました。グルメ雑誌を読み漁り、料理が出て来た瞬間にカメラを向ける──それはそれで楽しいのですが、純粋に食べることを楽しむことから遠ざかっていた気がします。私の外食体験の原点は、チェーン店だったはず。本書を読み返し、外で食事をする喜びを教えてくれたチェーン店の存在の大きさを思い出しました。そしてまた私は、気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べています。
(2017.07.02)