275冊目
講談社文庫『何でも見てやろう』
私の大学生活はこの本の書き出しで一変しました。
──ひとつ、アメリカへ行ってやろう、と私は思った。三年前の秋のことである。理由はしごく簡単であった。私はアメリカを見たくなったのである。要するに、ただそれだけのことであった。──
どう変わったのかを説明する前に、まずはこの本との出会いから。
四年前の春、新社会人やら入学シーズンやらで周りが浮き立っている中、大学受験に失敗した私は失意と呆然の真っただ中にいました。入学から一か月が過ぎてもなお、そんな状態は変わりません。生意気にも「とりかえしのつかない失敗をしてしまった今、どうやって生きればいいのか」なんて大げさなことばかり考えていたのです。答えを探すわけでもなく、喫茶店や雀荘を冷やかしに行く毎日。
そんな時にふらっと立ち寄った書店で見つけたのが『何でも見てやろう』です。
この本に関する前知識は何もありませんでした。面倒見がいいおじさんの口癖みたいなタイトルに目を引かれて衝動買いしたのを覚えています。内容は、まだ海外旅行が珍しかった時代に欧米・アジア22か国を周った小田実さんの貧乏旅行記。
読んでから数ページ足らずで、作者の無鉄砲さに愕然とします。日本を発つ前の話なのですが、なんと英語ができなかったらしいのです。バックパッカーという言葉が定着していなかった当時、「まあなんとかなるやろ」といった心持ちで世界に出て行った著者の行動力と好奇心に「そんな軽い気持ちでいいのかよ!」と呆れたと同時に、羨ましさを感じました。
「世界を見てやろう」とする著者の貪欲な姿勢に「今の自分に足りないのはこれだ!小田実に負けてられるか!」と闘争心が湧いたのかもしれません。それからは思いついたことはがむしゃらに行動に移しました。生命力をつけるためにマサイ族の村で生活したり、かまぼこの同人誌を作るためにかまぼこ職人に話を聞きに行ったり…。何の役に立つのか、何か得るものはあったのかと聞かれたら困りますが、充実した大学生活を送ることができたと思います。
私が何より好きなのはタイトルです。500ページ近いこの本をずばり一言で表しているからです。それだけがきっかけで手にとったわけですが、小田実さんに対抗意識を燃やし続けた学生時代を思い起こすと、今ではタイトル以上に強い「言葉」になっています。
「何でも見てやろう」精神があれば人生が楽しくなるんじゃないか、そんなことまで感じさせてくれます。これから何をしたらいいかわからない人や、やりたいことが見つからない人に「何でも見てやろう」という言葉は、動き出すきっかけになるんじゃないかと思います。
(2016.07.15)