274冊目
学術文庫『妖怪談義』
“科学”が蔓延する世の中である。「高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」とは、SF作家アーサー・C・クラークの言葉だが、私にしてみれば、すでに世界中に魔法がかけられているように思えてならない。そんな科学の対極に位置するもののひとつが、妖怪である。
小説、漫画、映画にゲーム。創作物という舞台を中心にして、妖怪は日本人の生活に浸透している。歴史上最も繁栄しているといっても過言ではないだろう。そんな妖怪たちだが、かつて科学により絶滅寸前まで追いやられたことがあった。その窮地を救ったのが柳田國男である。
『妖怪談義』は、日本の民俗学を打ちたてた柳田國男の代表作だ。彼は、いわゆる“迷信”を「学問の対象である」と世間に表明することで、日本の伝統的文化の保護を試みた。フィールドワークを積極的におこない、民話を収集する手法は、『遠野物語』だけでなく、本作にも余すところなく発揮されている。「日本人とは何か」という問いかけに対する答えを、日本人が信じていたものから導き出そうとしたのである。
そんな『妖怪談義』には、河童や天狗といった有名な妖怪が登場する。学術書というよりは、様々な怪談を解き明かしていく推理小説のような面白さがある。たとえば柳田は、妖怪とは神の零落したものだと分析した。河童は、かつて祀られていた「水神」が信仰を失った姿であり、恵みを与える存在から害をなすものへと変化したのだという。きゅうりと相撲が好きで、頭の皿の水がなくなると弱ってしまう、コミカルな現在のイメージとは、まるで違った起源である。数々のフォークロアを比較することで、長い時間をかけて築かれた物語の裏側が浮かび上がってくる。物語の奥底に眠る物語を発見すること、それが本書の神髄なのである。日本民俗学の始まりであるから、後の学者たちによる批判も少なくないが、それも含めてこの本の魅力といえるだろう。物語の解釈に正解はない。自分なりの仮説を立てて検証してみるのも楽しみ方のひとつだ。
「妖怪なんてくだらない」。そんな声も聞こえてきそうだ。もしも暗い夜道で、ふと人ならざるモノの気配を感じたことがあるなら――あなたは、すでに妖怪の存在をどこかで信じているのかもしれないのに。
日本人の原点を探る一冊としても、妖怪好きとしても、読んで損のない一冊である。
(2016.07.01)