271冊目
講談社文庫『古代史紀行』
昨年、東北・北海道地方を青春18きっぷで旅しました。いわゆる「乗り鉄」旅で、鈍行列車を使い東北をジグザグに北上し、北海道に渡るというものでした。旅の途中、仙山線の山寺駅で途中下車し、松尾芭蕉の『閑かさや岩にしみ入る蝉の声』という句で有名な立石寺に立ち寄りました。1080段の石段を登ったさきには展望台があり、そこから見た遥か下の、真夏の濃い緑色に包まれた町や、麓の駅をおもちゃのような電車が行き交う光景は忘れられません。近くには、郵便ポストがあり、一日三回の回収時間が表示されていました。ここにも毎日三回、郵便局員が石段を登ってやってくるのだな……と思うと、まわりの人家などにも自然と目が向き、「日常」が感じられました。
フリーきっぷは、時間さえ許すならば、安くどこまでも行ける利点もありますが、エリア内が乗り降り自由で、その土地その土地の史跡や観光地を好きなように巡ることができるのも大きな魅力です。その魅力を教えてくれたのが、学生時代に読んだ黄緑色の講談社文庫『古代史紀行』でした。著者の宮脇俊三氏は昭和53年、『時刻表二万キロ』(角川書店)でデビューを飾り、後に鉄道紀行文学という新しいジャンルを切り開きました。その一方でかつて中央公論社の『日本の歴史』(全26巻)『世界の歴史』(全16巻)を企画・編集し、『中央公論』『婦人公論』の編集長を歴任した名編集者でもありました。『時刻表二万キロ』は、私も中学校時代から穴のあくほど読み、「乗り鉄」趣味の原点にもなりました。
「日本通史の旅」連載第一弾である本書の最大の特徴は、年代順に史跡を巡るところにあります。宮脇氏の歴史に対する情熱が垣間見え、豊富な文献知識を背景にした大胆な新説展開が淡々と、ユーモアを交えて語られていました。この本をきっかけに、鉄道旅行をする際、ただ立ち寄るだけだった観光地・史跡にもなにか現在につながる日常性のものがないか探す癖が、私にも伝染し始めました。 本書の第三章には、継体天皇の遺跡を求め、福井県の三国を歩いた時の描写があります。
こういうブラブラ歩きは楽しくて、旅の醍醐味なのだが、犬が多くてしきりに私に吠える。(中略)しつこく吠えまとう犬に腹を立てながら、海に門戸を開いていた三国も閉鎖的な町になってしまったのかと思う。
文献を渉猟し考察する歴史学に対し、歴史の舞台となった地域を実見すること、「臨場感あふれる」歴史になることを求め続けた宮脇氏ですが、ときどき旅人としての筆者が顔を出し、独特のユーモアとともに心情が語られます。あとがきにある「本書は、あくまでも旅行記であって、歴史の本ではない。」という宮脇氏の言葉はこんなところにもあらわれているのではないでしょうか。
鉄道でも歴史でも、一度持った興味こだわりは、納得いくまで掘り下げる……趣味の後輩としても、出版界の後輩としても、私自身このことを忘れないようにしながら生きていきたいものです。
(2016.06.15)