講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

264冊目

講談社学術文庫『言語と人間』

著者:沢田允茂

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宮房春佳
海外キャラクター出版部 23歳 女

遺伝子の呪縛を超えてゆけ

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書籍表紙

講談社学術文庫
『言語と人間』
著者:沢田允茂
発行年月日:1989/01/10

 生き物は自分で考えて恋愛をしたり食事をしたりしているように思うかもしれないが、全ては遺伝子が次の遺伝子を作るためにあらかじめプログラムした行動に過ぎず、私たちは生まれた時から遺伝子という運命から逃げられない――これはSF小説ではなく、リチャード・ドーキンス氏という生物学者によってかつてなされた主張です。私はこの本でその主張の存在を知り、衝撃を受けました。

 私がこの本を手に取ったのは、7年前、高校のごみ置き場の隣にある廃品回収コーナーです。当時の私は誰かが捨てたこの本から価値を見出せたことに喜びを感じていました。廃本の中にもお宝があるように、自分の中にもなにか人知れず輝くものがあるのではないかと思いたかったのです。高校の教室は私にとって、とても窮屈な空間でした。皆が一つのおかしな価値観のもと、同じ方向を向いて理不尽に行進しているようにいつも感じられ、しかしそんな生意気なことを思っている割には、これといって突出した個性もないことがいつも不安でした。

 私は当時から本や、絵、そして漫画が死ぬほど好きです。しかし両親や学校の先生は、そんな私を認めてはくれませんでした。「本を作りたい」と言うと、「芸術の世界に何のコネもないお前にそんな才能があるわけがない、夢見る夢子ちゃんめ」などと吐き捨てるように言われる始末。彼らに言わせてみれば、女の子の人生とは、堅実な職について、30歳までに旦那をもらって出産し、周りと同じように幸せに過ごすことこそが最高のゴールと相場が決まっていたのです。当時の私は、こうした「遺伝子に決められた運命に逆らうな」という静かながら大きな圧力に、首を絞め続けられていたのでした。

 この本の内容はまだ続きます。リチャード・ドーキンス氏の衝撃的な主張をベースにして、人間も基本的には他の動物と同じ、本能に突き動かされる生き物だと主張しつつも、人間と遺伝子の奴隷たる他の生き物の間には、何か明確な違いがあるのではないかと探っていきます。そしてそのただ一つの違いが、「言語」だと説くのです。

 私たちは働いて子孫を残すという、根本的には蟻と同じ暮らしをする一方で、「翼」と「馬」という言葉を組み合わせて本来見たこともない動物であるペガサスを頭の中で飼うことができます。そしてその言葉による想像力こそ、人間が地球上でここまで繁栄した最たる理由ではなかろうか、と沢田先生は訴えていらっしゃるのです。

 この本には道徳のこと、生命倫理のことなど、他にも様々なことが書かれているのですが、とにかく私はこの「人間は遺伝子の呪縛を言語で超えてゆける」というメッセージに激しく興奮しました。私は間違ってなどいない、私が「本が好きだ!」と言い続ける限り、血縁に学者や芸術家がいなくても、言葉と想像力にまつわる仕事がきっとできるに違いない。そう信じることにしました。

 かくして私はこの本を握りしめ、講談社という言葉と想像力で成り立っている会社に入社しました。今はまだ何者でもない、ただの変な若い女ですが、私はいつかきっとこの本に書かれていることが正しいということを証明しようと思います。運命は言葉で変えていけるということを!

(2015.08.15)

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