261冊目
講談社文庫『麦の海に沈む果実』
女の子にモテたい! そう思った高校生の私は、ミステリアス系男子になることを決意しました。自分のことを必要以上に話さず、尋ねられても「秘密♪」(音符重要)と濁してみたり、むだに微笑みとウィンク♥(ハート重要)を使ってみたり……(思い返すとすさまじく気持ち悪い)。ミステリアス作戦が成功したかはさておき、当時の私にとって「モテたい」の行き着く先はなぜか「ミステリアス」だったのです。
そんな私が、ミステリアスな物語である『麦の海に沈む果実』にのめり込んだのは当然すぎるほど当然のことでした。社会から隔絶された学園を舞台に起こる殺人事件。さまざまなバックグラウンドを持つ生徒たち。降霊会を行う女装家の校長先生。図書室から消えたいわくつきの本。そのどれもが私をわくわくさせ、不思議な世界へと連れて行ってくれたのです。わぉ、ミステリアス!
なかでも、登場人物たちの謎めいた雰囲気は私を惹きつけてやみませんでした。作中において学園の生徒は三種類に分類されます。将来有望で音楽やスポーツを得意とし学園の指導力を求めて入学した「養成所」組、富裕層が自分の子供に上品さを身につけさせたくて入学させた「ゆりかご」組、そして望まれない子として生まれ学園という監獄に捨てられた「墓場」組。それぞれが違う何かを抱える彼らは、お互いに干渉しすぎることなく絶妙な距離感で接します。家系がわからないようにファーストネームで呼び合い、出自は尋ねず、まるで茶番のような友達関係を築く姿に私は惹かれたのです。
一見すると滑稽かもしれませんが、よく考えてみてください。自分の抱えている闇を見せずに笑顔でいる、という以上の強さがあるでしょうか。人間、誰しも何かを抱えて生きています。家庭のいざこざだったり、うまくいかない友人関係だったり、将来への漠然とした不満だったり、ほかにもたくさん。それらを周りに感じさせずに生きていくことがどれだけ大変なことか。作中の彼らはそれを平然と実行していました。
ミステリアスとはつまり、強さではないかと思うのです。自分の弱さを見せず誰を頼ることもなく、いつだって笑顔を振りまける人間はとてつもなく強い人間です。『麦の海に沈む果実』を読み終えてミステリアスに憧れる理由がようやくわかりました。ミステリアスの奥に潜む強さに憧れていたのです。私がとったミステリアス作戦のなんと馬鹿ばかしいことでしょう。本当の強さは張りぼてのミステリアスでは表現できないのですから。
これからの人生、つらいこともたくさんあると思います。そんなときにミステリアスに振る舞って、強くいられる人でありたいです。そうすれば、冒頭の目標もおのずと達成できるかもしれません。
(2015.08.01)