講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

258冊目

アフタヌーンKC『蟲師(1)』

著者:漆原友紀

鍵田真在哉
モーニング編集部 25歳 男

わからないという衝撃

書籍表紙

アフタヌーンKC
『蟲師(1)』
著者:漆原友紀
発行年月日:2000/11/20

 「読めないマンガってあるんだ……」

 当時13歳だった私は遠い目をしながら、1巻を読んでいる途中に本を閉じました。人生で初めてマンガを読み進められなかった瞬間です。登場するキャラクター、ストーリー、世界観の何もかもがサッパリ理解できなかったのです。

 まず「蟲(むし)」という存在をうまく整理できませんでした。蟲にまつわる問題を解決する「蟲師」である主人公ギンコ曰く、

──蟲とは生と死の間に在る「モノ」だ
──「者」のようで「物」でもある
──死にながら生きているような「モノ」

死にながら生きる……!! 生も死も同時に含まれるという高度な抽象概念がまったく理解できません。蟲の造形も微生物っぽいものから大型動物っぽいものまで多種多様でとらえどころがなく、どういう生き物(らしきもの)なのかうまく想像できないのです。

 時代設定も洋服と和服のキャラクターが混在するあいまいなもので、1巻の作者あとがきには、

──「鎖国し続けている日本」とか「江戸と明治の間にもうひと時代ある感じ」というイメージだろうか。

とあります。さらには構成が作中の時間の流れと掲載される話の順番が異なる時系列シャッフルになっているような、なっていないような……。

 要するにあらゆる要素が一義的にとらえにくく、読んでいると確かなことがなにもないような不安感におそわれるのです。それまで「戦闘力が53万の宇宙人は残忍で悪いやつだからなんとしても倒す!」というような、正義が悪を成敗する痛快活劇ばかり読んでいたのでなおさらです。

「読めないショック」の威力は深刻でした。どうしてもわかるようになりたいと悶えました。振り返ってみると、「蟲師」に出合う以前と以後でマンガをはじめとするフィクションとの接し方が変わったように思えます。エンタメとしてただただ消費するというよりも、「理解できないものを理解できるようになるための何か」を切実に求めるようになりました。

 そうやって過ごすうちに「蟲師」をある程度わかるようになったのだと思います。いやそう信じたいものですが、今なら奥深い自然界を舞台に蟲と人間の利害が一致したりしなかったりしてドラマが生まれることに、余裕をもって「うんうん、なるほどね」くらいのことは言えます。派手なアクションがなくても、落ちついた雰囲気の世界観に圧倒されることもできます。

 もしあの時に出合っていなければ、まったく違う人生をたどったんじゃないか。おおげさかもしれませんが、けっこう本気で思っています。

 今後13歳の少年少女に出くわすことがあれば、何はともあれ「蟲師」をすすめてあげようと思います。

(2015.07.01)

講談社の本はこちら

講談社BOOK倶楽部 野間清治と創業物語