256冊目
『向田邦子の手料理』
あれは何年前だったでしょうか。遠くの地でひとり暮らしを始める私に、弟が「寂しくないように」と私の大好きなマンガ『さよなら絶望先生』のバンダナを手渡してくれました。なぜバンダナなのかという謎は置いておいて、バンダナって何に使うのでしょうか……。お弁当を包むために使ったり、料理中に頭に装着したりする。そう、料理です。
実家ではいつもお腹をすかせて母の帰りを今か今かと待つ、口を開けたヒナ鳥のような私は、料理経験値がほぼゼロでした。自炊を試みましたが早々に挫折しました。インスタント食品に救いを求めるも、カップ焼きそばにソースを入れてから湯切りしてしまうような有り様。疲れて帰宅すると食事を作る気も起きず、断食を選択するという絶望的にひどい生活を送っていました。反省しています。
結局バンダナは役目を果たさず、大切に仕舞われたままでした。ひとり暮らし期間を終えて実家に戻ってきたある日、母の本棚でこの本を見つけました。本書は、作家向田邦子さんが生前に作っていた手料理を、妹の和子さんが再現して収録した本です。ページを開くと、オリジナリティ溢れる料理がズラリと並んでいました。しかも、この本はただのお料理本にあらず。食べ物にまつわる厳選された向田邦子さんのエッセイも掲載されていて、自由奔放で粋な生き方を知ることができます。料理にも人生にも、豪快でたくましい力強さが必要なのです。
読んでみると、世の中には食欲だけでなく、食べさせたい欲があるということを発見しました。自分で生み出したものを、まわりの人に振る舞うよろこびです。相手が満足して楽しんでくれたら、提供する者としてこれ以上の幸せはありません。
もうひとつ発見したのが、料理には想像力、もとい妄想力が大切なのではないかということです。この食器を使ったらもっと食べ物が映える、この具材を混ぜたら意外なケミストリーが起きるのではないか、というようなアイデアです。登場人物を操る作家さんならではの視点で、素材の個性を組み合わせるおもしろさが示されている気がして、「そうか、料理もキャラクター同士のカップリングが大事なのね!」と鼻息荒く納得したのです。
作るよろこび、与えるよろこび、料理してくれる人に感謝、食べてくれる人に感謝です。私も二次元のイケメンで妄想ばかりしていないで、そろそろ実在する誰かにおいしい料理を作れるように、と思うのであります。
(2015.06.15)