255冊目
KCフレンド『はいからさんが通る』(1)~(7)
KCフレンド
『はいからさんが通る』(1)~(7)
著者:大和和紀
発行年月日:1975/09/10~1977/04/06
子供の頃、熱烈な漫画家志望でした。十二歳の時に見よう見まねで描き上げた原稿を週刊少女フレンドのまんがスクールに投稿し、期待賞という小さな賞をいただいたこともあります。フレンドの編集者から自宅に電話がかかってきて、「十二歳でこれだけ描ければ大したものだよ。がんばって描き続けてください」と言われた時と、現金書留で5000円の賞金が送られてきた時の驚きと嬉しさは、今でも鮮烈に覚えています。
各社から特色あるコミックが数多刊行されていた中、なぜ投稿先にフレンドを選んだのか。私は少年もの、少女ものを問わず、講談社のコミックが子供心にもはっきりと好きだったのです。絵柄やストーリー性から、台詞に句読点がないなどといった些末なことに至るまで、講談社のコミックは私の心にいちいち響きました。幾度となく読み返した講談社コミックの巻数ものは数知れませんが、「この1冊」を挙げよと言われたら、迷わずこの『はいからさんが通る』を選びます。
舞台は大正ロマン花開く東京。主人公は十七歳の女学生、花村紅緒。許嫁の「少尉」との愛のゆくえをシベリア出兵、社会主義運動、関東大震災といった激動の大正史が大きく狂わせていき……。
と紹介すると、王道大河ロマン以外の何者でもありませんがさにあらず。どんなに辛く深刻なシーンでも一コマ後にはギャグに落とされていて、長い間、私はこの作品をギャグ漫画だと思っていたほど、全篇これ爆笑の渦なのです。あのドラマチックなストーリーをギャグ仕立てで描くなんて、いま考えるとまさに神業。本編の面白さのみならず、作者の大和和紀さんからのファンレターへのお返事コーナーや、紅緒の勤務先の壁にさりげなく貼ってある、吹き出さずにはおれない「今週の御言葉」などの小ネタに至るまで、何度貪り読んで大笑いしたことか。
作り手、送り手自身が面白がって悪ノリできる企画は、その熱気やドライブ感が読者に伝わって成功する、と編集者になってから考えるようになりましたが、原点は『はいからさん』にありました。
紅緒は色気ゼロ、女学校の成績オール丁、剣の達人にして二升酒ペロリの酒乱というムチャクチャなヒロインです。飲み屋で横柄な帝国軍人を叩きのめし(そしてその記憶はなくし)、傾きかけた華族の婚家を助けるために零細出版社(その名も「冗談社」)の女性編集者となって髪振り乱して働き……なんだか、編集者としてのみならず一女性としても『はいからさん』の影響大という気がしないでもありませんが、多感な時期にあれだけ何度も読み返したのだから、その後無意識裡に紅緒の生き方をトレースしていたとしても不思議はありません。
面白さに惹かれて愛読した本に、いつの間にか人生を左右される。本の力って、怖いほど大きいです。
(2015.06.15)