252冊目
ヤンマガKC『BE-BOP-HIGHSCHOOL(5)』
その日、僕はアイツの左頰を殴った――。
こう書くと映画のキャッチコピーみたいですが、何のことはありません。小学校6年生のときの、恥ずかしい思い出です。
同級生に、モンゲ(本名は森)というちょっと粗暴な少年がいました。放課後はゲームセンターに入り浸り、成績は悪いけど中学生の友達がいるような、地方のマセた小学生です。ケンカも滅法強かった(というより、強いという触れ込みだった。実際は小学生はそんなにケンカしませんから)。
ある日の放課後、校庭の片隅で、理由は忘れましたが私はモンゲにからかわれていました。至近距離にあるモンゲの顔。その時の映像は、30年経ったいまも鮮やかに脳裏によみがえります。私は思わず(という表現がまさにピッタリです)、目の前にあるモンゲの左頰をグーにした右手で殴ってしまったのです。
その後の展開を記す前に、なぜ私がこのとき、モンゲに手を出してしまったのかを説明します。なぜなら、それがそのまま「この一冊」の原稿となるからです。
私が殴った理由、それは、『ビー・バップ・ハイスクール』を読んで、ヒロシに憧れていたからでした。
世代が違うと「冗談だろ」と思われるかもしれませんが、同世代(アラフォー)の男性ならわかっていただけるのではないでしょうか。当時、小5~中3くらいまでの男子の多くが、ヒロシ(トオルはちょっと少数派)に憧れていました。
私に『ビー・バップ』を教えてくれたのは、母の友人の息子でした。私が小5で彼が中3だったと思います。その家は焼き鳥屋をやっていて、店の裏にある狭い住居スペースで、「これおもろいで」と彼がすすめてくれたのです。忘れもしない、『ビー・バップ』の第5巻でした。
「吐いたツバ飲まんとけよ」「寝言は寝て言えよ、コラ」「コーマン」「センズリ」――初めて接する語彙ばかりでした。
主人公のヒロシとトオルは、普段は「マブい女とコーマンする」ことばかり考えています。でも、ひとたび他校とケンカ(抗争)が始まると、突然顔面にシャドウが入って真剣(マジ)になります。ケンカはメチャクチャ強いけど、女には弱く、またヤンキーじゃない一般生徒には優しい。思春期の入口のさらにちょっと手前にいた私にとっては、まさに「憧れの兄(アン)ちゃん」がそこにいました。
ここでポイントとなるのは、私自身は、ヤンキーとはほど遠い、進学塾に通う「シャバ僧」だったことです。『ビー・バップ』で言えば岩モっちゃん(岩本)です。でも小学校だけでなく、当時関西で有名だった進学塾・浜学園でも『ビー・バップ』は回し読みされていました。塾にもちょっとマセた奴がいて、「いま俺、小学校で同級生口説いてるんや」などと言うそいつも、学習塾に真面目に通うかたわらで『ビー・バップ』を読みふけっていたのです。
話をモンゲに戻しましょう。私はおそらく前の晩に読んでいたであろう『ビー・バップ』に影響を受け、思わずモンゲを殴ってしまった。モンゲは一瞬、何が起こったのかわからない顔をして、それから怒り狂いました。
そこから殴り合いが始まったのかって? そんなわけないでしょう。シャバ僧である私はクルリと振り返り、全速力で逃げ出したんです。校庭を突っ切り、そのまま校門を飛び出して走りました。恐いのと心細いのとで、涙が出てきました。ゼイゼイ言いながら家に帰り着くと、オカンに言われました。
「あんた、ランドセルどないしたん」
もちろんその後、マンガを含めて講談社の本はいろいろ読みました。でも、「自分に大きな影響を与えた一冊」として、私は『ビー・バップ・ハイスクール』を挙げたい。なぜなら少年の私は、このマンガの持つ力によって、人を殴ってしまったのです(猫パンチでしたが)。その上で、「ああ、俺には土台ケンカなんて無理だ」と悟らせてくれたのです。自分に無茶な行動を起こさせ、さらに内省までさせた書物は、なかなか他には見当たりません。
あの頃はまだ昭和でした。思春期の少年たちの多くが、育ってきた環境を問わず、同じマンガに熱狂できた古き良き時代。『ビー・バップ・ハイスクール』こそは、そんな昭和の終わりに燦然と輝く、青少年マンガの金字塔だと私は思っています。
(2015.05.15)