講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

232冊目

KISS KC『のだめカンタービレ』(1)~(25)

二ノ宮知子

白木英美
平成26年度新入社員 20代 男

青色の通勤路

書籍表紙

KISS KC
『のだめカンタービレ』(1)~(25)
著者:二ノ宮知子 
発行年月日:2002/01/11~2010/12/13

 私の反抗期は、高校生のときだった。

 優等生キャラだった中学時代を捨て、いわゆる高校デビューで始まった高校生活。恋に授業に部活動、すべてが目新しく充実した日々の中で、一つだけ私の足枷となっていたことがあった。それは、ピアノの練習である。

「1日1時間は弾きなさい」

 近所でも有名なピアノの先生であった母は、常々私にそう言った。しかし、クラシックというものにまったく興味が持てなかった私には徐々にそれが苦痛になっていき、そして積もり積もった不満がある日爆発した。

「俺、もうピアノやめる!」

 友人からのバンドの誘いを機に、私はそれまで10年以上続けてきたピアノをやめたいと母に訴えた。しかし、もともとピアノの練習以外ではとても優しい母。その時の悲しそうな顔は、今も忘れない。

 結局、思春期の息子にやりたいようにさせてくれようとしていたのか、母はその幼い反抗を許してくれた。そして私は母に少しの引け目を感じながら、夜な夜なベースの練習に打ち込んだのだった。

 そして時は経ち、高校2年生になったある日、母が『のだめカンタービレ』という漫画を買ってきた。なにやらクラシックをテーマにした漫画だという。ちょうどドラマ化が決まって有名になったタイミングだったので、どんなものだろうと思って手に取ってみた。

 そこで出会ったのは、クラシックの優雅なイメージとはかけ離れた、強烈なキャラクターたちによるギャグと恋の世界。なんだこれ、すげーおもしろい。予想外の面白さにぐいぐい引き込まれていく。しかし、ふと何かが足りないことに気付く。

「出てくる曲がもっと分かればなぁ」

 クラシックから逃げ続けてきた私には、ベートーヴェンの何番だのラフマニノフの何番だのといった作品はほとんどわからなかったのだった。しかし、そんなクラシックの世界をもっと知ってみたいと思うほど、『のだめ』の世界はあまりに魅力的だった。

 そうして動画サイトで検索していくうちに、ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』という曲がとても好きになった。ドラマでもエンディング・テーマとして使われた、冒頭のクラリネットが印象的な名曲である。聴くだけでは物足りなくなり、話し相手を求めて、ある日母に話しかけてみた。

「『ラプソディ・イン・ブルー』っていい曲だよね」

 そのとき、母がとても嬉しそうな顔をしたのを覚えている。クラシックに見向きもしなかった私が、自分の口からクラシックを語ったのだから当然かもしれない。それ以来、母には定期的にクラシックのことを教えてもらうようになった。ピアノこそ弾かなくなってしまったものの、再びクラシックが母との距離を縮めてくれたのだった。

 人間には、ふとしたきっかけで物の見方が変わる瞬間がある。私にクラシックの魅力を教えてくれたのは間違いなく『のだめカンタービレ』だ。気づけば私の人生の要所にはいつも漫画の存在があるような気がする。

 これから始まる長い出版人生。誰かの人生の「きっかけ」になる漫画を作ることを夢見つつ、今日も『ラプソディ・イン・ブルー』を聴きながら会社へ向かう。

(2014.06.01)

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