講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

225冊目

『新装版 画文集 炭鉱に生きる 地の底の人生記録』

山本作兵衛

今西武史
週刊現代編集部 34歳 男

明治の炭鉱夫に学ぶ「人間の逞しさ」

書籍表紙

『新装版 画文集 炭鉱に生きる 地の底の人生記録』
著者:山本作兵衛 
発行年月日:2011/07/28

 2011年は、東日本大震災が発生し、私たちにとって忘れることのできない年となりました。

 その年の5月、福岡県・筑豊地方の炭鉱夫の描いた一連の絵画が、ユネスコの認定する「世界記憶遺産」に登録されたことをご記憶の方も多いかと思います。世界記憶遺産には他に、「アンネの日記」や「ベートーヴェンの第九草稿」、「フランス人権宣言」などが登録されています。
 日本初の快挙でした。その作品群は、1984年にお亡くなりなった山本作兵衛さんが書きためたものです。震災にまつわる悲壮なニュースが溢れるなかで、いささかなりとも誇らしげな気持ちになったことを記憶しています。

 日本人が何かしらの表彰を受けたことを、脊髄反射的に喜ぶ──。その作品がいったい何を描いたかを深く考えることもせずに……。今思い返すと、安直な感想でした。
 実際に作兵衛さんが描きあらわしたものを見ると、近代日本が抱えた「暗闇」が、今も地続きで、その深淵を覗かせている。そんなように思えるのです。

 本書は、昭和42(1967)年に講談社より刊行されたものを復刻した新装版です。炭鉱労働の過酷さを絵と文章で写実的に描くとともに、そこで生きる人びとの逞しさが活写されています。

 作兵衛さんが絵筆を取ったのは、1958年のこと。当時、従事されていた炭鉱事務所の夜警の仕事の合間を縫って、これらの作品が生み出されたといいます。昔の炭鉱の姿を孫たちに残しておこうというのが、執筆の動機でした。その願いが叶うばかりか、作兵衛さんの思いは世界中の人びとに届いたのです。

 作兵衛さんは半世紀以上、炭鉱で働き詰めの生活を送ってきました。当然、正統な絵の訓練は受けていません。絵を描くことが大好きだった少年時代以来、58年ぶりに筆を取っての創作だったといいますから、一見、それらが稚拙に映るのは仕方がないことでしょう。ですが、丁寧に描かれた、ウソも誇張もない作品を前にすると、厳粛な気持ちにさせられるのです。
 そして、作兵衛さんが書き残したこの一文に、ハッとさせられます。

〈けっきょく、変わったのは、ほんの表面だけであって、底のほうは少しも変わらなかったのではないでしょうか。日本の炭鉱はそのまま日本という国の縮図のように思われて、胸がいっぱいになります〉

 機械化が恐ろしいほど進んだとしても、炭鉱夫は「明治時代の下罪人とそっくりのような気がして」ならないと作兵衛さんは言うのです。本書の元になる底本が刊行されてからさらに半世紀近くが経ち、炭鉱夫はほとんどその姿を消しましたが、さて、世の中から虐げられる人びとがいなくなったかというと、そんなことはないでしょう。

 東日本大震災では、地震や津波で、また福島第一原発のメルトダウンであまりにも多くの方々が故郷を追われました。2014年の今、東京はアベノミクスやオリンピックで浮かれ気味ですが、東北の被災地はいまだ復興と言うには程遠い状態です。

 無論、炭鉱の労働者と被災者は同じではありません。ですが、本人たちが懸命に生きてなお、理不尽な仕打ちを受ける──その構図は、作兵衛さんが書き遺した明治・大正の炭鉱と共通点があるように思うのです。

 一方で作兵衛さんは、過酷な炭鉱での日常を彩ったささやかな娯楽、そして炭坑夫たちのうたう坑内歌の数々も書き残しています。どれだけ日常がつらくとも、それを乗り越えようとする逞しさ!

 閉塞感の充満する世の中になったと、日々指摘されています。とりわけ、被災地の外の人間に、そのような物言いをする人間が多いように感じます。
 ただ、その閉塞感とは社会のせいではなく、私たちがそれを乗り越えようとする逞しさを失ってしまったから生まれたものではないでしょうか。名もなき人びとの日常にこそ、学ぶべき生き方がある。まずは自分自身が一日いちにちを精いっぱい生きよう──そんな気持ちにさせられる一冊です。

(2014.02.15)

講談社の本はこちら

講談社BOOK倶楽部 野間清治と創業物語