講談社100周年記念企画 この1冊!:韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

216冊目

『韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム』

小倉紀蔵

近藤大介
週刊現代編集部 47歳 男

<理>と<気>──韓国社会はそうだったんだ

書籍表紙

『韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム』
著者:小倉紀蔵
発行年月日:1998/12/20

 私は毎年の年初に、必ず読み返している本が2冊ある。一つは、新潮社版の『源氏物語』全8巻のうち1冊。『源氏』には、日本文化のすべてが埋め込まれている。

 それで、もう1冊が、『韓国は一個の哲学である』という本だ。講談社現代新書から1998年に出た。著者は昨年、京都大学教授に就任された小倉紀蔵氏である。著者とは一面識もないが、私はもしかしたら著者を上回るかもしれないほど、この本の内容を反芻している。

 この本が世に出た時、私はすでに約50回も訪韓歴があった。1998年の年末にもソウルへ行き、機内で読もうと思って買った数冊の朝鮮半島本のうちの1冊だった。

 ところが、「韓国とは、<道徳志向性国家>である」と書かれた最初の1行から、この本に吸い込まれていった。私は読書の習性として、心に残る文章があると、赤ペンでラインを引く。ところがこの本だけは、最初のページの数行にしか、ラインを引かなかった。なぜなら、すべての文章に線を引きたくなってくるため、放棄したのである。

 ソウル金浦空港へ到着した時には、まだ半分も読み終わっていなかったが、私の身体は戦慄いていた。「目から鱗」とか、「霧が晴れたような」という単純な表現では言い足りない状態だった。それまで長年、私の心の奥底で蟠っていた朝鮮半島の`澱`が、一気に溶け出してきたのだ。

 著者は、朝鮮半島の森羅万象を、<理>と<気>のシステムによって解明しようと試みる。それは、ニュートンが万有引力の法則によってこの世の現象を解明したようなもので、大胆で、壮大で、かつシンプルな試みだった。

 著者によれば、韓国には<理の世界>と<気の世界>という二つの世界があるという。例えば、青瓦台(大統領府)は<理の世界>で、南大門市場は<気の世界>である。アボニム(父)は<理の世界>であり、オモニ(母)は<気の世界>である。韓国料理や韓国語の中にまで、<理の世界>と<気の世界>が混在している。そしてこの<両界>は、時に補完し合いながら、時に相克しながら、多岐多彩なコリアン・ワールドを形成しているというわけだ。

 この本を読んでから4年後に、初めて北朝鮮へ行った。平壌で私は、この本に書かれた「コリアンの法則」が、北朝鮮においても、些かも色褪せずに適用できることを発見した。すなわち、金日成と金正日は<理の世界>で、それとは別に、庶民が繰り広げる<気の世界>が存在していた。

 北朝鮮の鴨緑江と豆満江の向こうは、中国である。私はチャイニーズ・ワールドにも、何らかの法則が貫いているのではないかと推測するようになった。そもそも著者が審らかにしてみせた「コリアンの法則」は、朝鮮半島のオリジナルではない。中国の朱熹が唱えた、儒教の発展形である朱子学が基になっているのだ。

 私は中国古代哲学を渉猟した。だが如何せん、中国大陸は広大で、中国人は数多いる。その作業は、ニュートン力学からアインシュタインの相対性理論へ発展させるほど難しい。

 だから私は、毎年この本を読み下しては、決意を新たにするのだ。いつか「中国は一個の哲学である」と言い切ってみたいと──。

(2013.11.01)

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