講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社+α新書『「幸せなお産」が日本を変える』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

214冊目

講談社+α新書『「幸せなお産」が日本を変える』

吉村正

中川京子
児童図書第一出版部 36歳 女

お産オタクでごめんなさい

書籍表紙

講談社+α新書
『「幸せなお産」が日本を変える』
著者:吉村正
発行年月日:2008/04/20

 4年前から、お産の不思議に魅せられています。
 内田樹さんの著書『私の身体は頭がいい』ではありませんが、こんなにも精緻な仕組みが人間の体には備わっている! 「お産は人間に残された最後の自然」という言葉の通りでした。

 そして、お産周りのことに生涯関わりたいと願い、公益社団法人誕生学協会認定の誕生学アドバイザー、産後教室講師の資格を取りました。今は、妊娠準備教室講師を目指して勉強中。お産オタクまっしぐらです。

 妊娠中に実家の母から送られてきたのが、この本でした。助産院で産もうとする娘に「病院のほうがいいんじゃない?」と渋る母が、どうしてこの本をすすめてきたか(しかも娘の勤務先の本!)は謎ですが、一読して母の選書眼に脱帽しました。

 著者の吉村正医師は、愛知県岡崎市で開業している産科医です。病院のそばに、古民家を移築してきた「古屋」を作り、そこで妊婦に薪割りや拭き掃除、かまどを使った炊事をやらせる独特の指導をしています。その様子は、河瀬直美監督の『玄牝(げんぴん)』というドキュメンタリー映画にもなっています。

 吉村医師は、医師でありながら、医療介入をしないお産をやっています。ただ医療介入しないわけではなく、生理としてのお産を全うできるように、前述のような妊婦指導をしているのです。元々、産む力は備わっているのだから、それが十二分に発揮できるように、生活をととのえ、体作りをするという考え方です。

 ただ、ときおり緊急搬送となるケースもあり、医師なのに緊急帝王切開もやらず、自然に産むのが一番と考える吉村医師の姿勢は、批判の対象ともなっています。

 わたしも、最初にこの本を読んだとき、天地がひっくり返るような衝撃を受けながらも、無難にバランスを取ろうとする自分もいて、「やっぱり極論なのか」と考えていました。それでも、ひきつけてやまないものがあるというか、そういう力のある本でした。

 今回、改めて読み直してみて、吉村医師が言わんとしていることは、100年前はきっと当たり前で、100年後も色あせない力を持つ内容だと感じました(今の日本では、過激かつ極論に映ってしまうのもまた、理解できますが……)。

 吉村医師には、2万例以上のお産を見てきて得た確信があります。

「勘違いしてほしくないのは、自然分娩は、医療が介入する管理分娩の対極にあるのではないということです。また、他のあまたの何々法といわれる選択肢の一つでもない。本来、女性がいちばん当たり前に享受するものであり、人間のもっとも自然な姿です。」

 お産は、自然分娩VS.管理分娩という対立構造で語るべきではなく、まず生理としてのお産があり、その上で医療介入が必要なお産があるという、順番を間違ってはいけないものなのだと看破しています。

 実際、世界中どの地域であっても、2割弱のお産は何らかの医療介入が必要と、WHOは言っています。すべてのお産に医療のバックアップは必要でしょう。

 日本は、世界でいちばんお母さんと赤ちゃんが死なない国です。それでも、医師の必死の救命にも関わらず、お産で亡くなるいのちはあります。

 吉村医師は、「死ぬものは死ぬ、生きるものは生きる」と言います。お産で家族を亡くした人の神経を逆なでし、産科医の懸命な取り組みをあざ笑うように聞こえかねない言葉ですが、無論、そうではありません。

──お産は人智を超えた営みであること。
──大自然そのものであること。
──お産の主体は母と子であり、どんな名医、カリスマ助産師であっても完全にコントロールはできないこと。

 そんな、お産の本質を、一言で表した言葉だとわたしは思います。
 そして、あれこれ心配するよりも(もちろん、リスクを的確に見積もることは必要ですが)、人間に元来備わっている力を信じ、それが発揮できるように力を尽くすという、「人を信じる」という姿勢も教えてくれたように思います。

 この言葉は、おいそれと吐けるものではありません。

 日本では産科医療崩壊が叫ばれて久しいですが、今なお、なかなか改善されない職場環境で、自らの生活を犠牲にしながらも、誠実さを手放さずに仕事をしている産科医は大勢います。

 また、疫学者の三砂ちづるさんが言うように、日本には“世界遺産級”の助産師たちがいて、日夜奮闘してくれています。

 そういったすばらしいお産のパートナーたちとともに、ここまで腹をくくってお産に向き合っている吉村医師が今の日本にいてくださることに、光を見たいと思います。

(2013.11.01)

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