213冊目
「月刊陸上競技 2013年9月号」
「月刊陸上競技 2013年9月号」
発行年月日:2013/08/12
講談社発行の雑誌の中で、私が一番好きなのが「月刊陸上競技」(毎月14日発売)です。編集は関連会社の株式会社陸上競技社が担当しており、講談社が販売を行っているようですが、かなりマイナーな雑誌だと思います。陸上競技関係者・競技者以外には、その存在はあまり知られていないかもしれません。社内の売店でも予約して取り置きしてもらわないと手に入りませんし、社員の予約者は私を含めて2人しかいないようです。学校や地域の図書館などには置かれているのでしょうか。
「月刊陸上競技」はとても中身の濃いおもしろい雑誌なのですが、その魅力が十分伝わっていないようなので、私なりの読み方・楽しみ方を記すことによって魅力の一端をお伝えしたいと思います。
「月刊陸上競技」は、季節によって掲載される記事に一定の傾向があります。
11月号〜4月号はマラソンや駅伝など、ロードレースが中心。
6月号〜10月号はトラックレースが中心。
5月号は進学・就職情報、新シーズンの展望が中心。
これらの中で私のお奨めは、1月号・2月号と8月号・9月号です。
1月号には、箱根駅伝観戦ガイドと高校駅伝総展望の付録が付き、出場校のメンバー構成や予想配置、レース展開予想が細々と記されています。これを読みながら優勝争いに思いを馳せるのは年末の大きな楽しみです。全国高校駅伝が終わると、年明け元旦には実業団駅伝、そして2〜3日には箱根駅伝のテレビ放送があるのはよく知られています。観戦の際に手元に付録を置き、各区間を走る選手のプロフィールを確認すると面白さ倍増です。
2月号にはこれら駅伝の結果とともに、各区間の記録や順位といった細かいデータが紹介されています。苦しそうな表情の写真でも選手の眼は輝いています。
8月号にはインターハイ完全ガイドと、世界大会が行われる際はオリンピック観戦ガイドや世界陸上観戦ガイドが付録として付きます。この付録には、運動会のプログラムのようなタイムテーブルが最初にあり、競技の始まる時間が一目瞭然です。陸上競技は各種目の開始までや予選各組の間隔がかなりあり、テレビ的には扱いにくい素材なのでしょう、インターハイは高校生の最高の大会であるにもかかわらず、NHKのEテレで陸上競技を放送するのは、5日間の大会のうち2日間だけで、しかも1時間ずつ。各種目の合間を使ってハイライトで前日のレースなども放送しますが、一番盛り上がる最終種目のマイルリレー(4×400mリレー)などは一度も放送されたことがないのではないでしょうか。地方大会からテレビ放送がある高校野球と比べると大きな差を感じます。これでは陸上競技の魅力が世の中に伝わりにくく、世界的に活躍する選手が出にくいのも無理はないと思えます。
最近はネットによる競技速報が充実してきて、先日のモスクワ世界陸上も、競技終了後の早い段階で各レースの映像が見られるようになりました。ありがたいことです。世界大会では多くの顔も名前も分からない選手が出場しますので、観戦ガイドは必須です。どの世界でもそうだと思いますが、人物を特定して顔が分かるようになると、その世界の趣が、ぐんと深まります。
インターハイでも最近は結果速報が、文字情報で見られるようになりました。インターハイ完全ガイドを見ながら、予選、準決勝、決勝と勝ち抜く選手の記録をチェックしていると、各選手のパフォーマンスや体調などが伝わってくる気がします。インターハイでも各種目の映像が見られるようになるとどんなに楽しいことでしょう。
9月号は世界大会の速報や、インターハイの全結果が掲載されます。優勝者の横顔や、緊迫したレースのゴールシーン、表彰式の写真(インターハイの表彰式では、表彰台上で入賞者全員がポーズをとっていて、特に女子選手のポーズがキュート)が紹介されています。
今回は2013年9月号の大分インターハイの特集から、興味深い記事をご紹介します。大分インターハイの主役は、男子100mで日本人初の9秒台が期待された桐生祥秀選手でしたが、その陰で男子400mでも大会新記録が生まれました。
男子400mは加藤修也選手(浜名3年・静岡)と油井快晴選手(浜松市立3年・静岡)の浜松勢が、静岡県西部支部予選、静岡県大会、東海地区大会、インターハイと熾烈な競走を繰り広げ、決勝で加藤選手が46秒11の大会新記録で優勝、油井選手も46秒79の自己新で2位に入りました。同地区のライバル同士が切磋琢磨し、現在日本の400mの第一人者である金丸祐三選手の大会記録(46秒18/05年・大阪3年)を更新するという快挙が成し遂げられました。この加藤修也選手の優勝インタビュー記事がこの号でもっとも印象に残りました。以下にご紹介します。
加藤は油井という強力なライバルだけでなく、「高橋先生にも感謝の気持ちを伝えたいです」と話した。陸上未経験の加藤を一から指導したのが、前顧問の高橋和裕先生だ。言わずと知れた1994年富山インターハイの4冠王で、100m10秒24は昨年、200m20秒57は今年6月中旬のインターハイ近畿地区大会で桐生祥秀(洛南3京都)に20秒41へと塗り替えられるまで長く高校記録であり続けた。中学時代サッカー部だった加藤は、自宅近くの浜名に入学。「陸上部にすごい先生がいるらしい」という噂を聞いて、パソコン部と迷いつつ、陸上部を選択した。
高橋先生の勧めで、入部直後から400mに挑戦。2年生の5月には47秒08をマークするなど急成長を遂げた。しかし、優勝候補に挙げられた前回大会は3位に沈んだ。最後のインターハイにすべてを懸けていたが、今年4月に高橋先生が天竜林業高へ転任。
加藤は「不安になった」と言う。それでも、高橋先生の「やっただけ速くなる」という言葉を信じてトレーニングを重ね、悲願のタイトル獲得まで突っ走った。
「次の目標ですか? まずは45秒台ですけど、高橋先生の高校記録が破られちゃったので、今度は僕が400mの高校記録(45秒47)を塗り替えます!」
注)高橋和裕:奈良県立添上高校3年時、富山インターハイで100m、200m、4×100mリレー、4×400mリレーで優勝。富山県総合運動公園陸上競技場に向かうバスの車窓に広がる一面のひまわり畑が印象的だった。
静岡県立浜名高校:浜松市浜北区にある。サッカーでは全国優勝したこともある強豪校として知られる。大分インターハイではマイルリレーでも初優勝。
浜松市立(いちりつ)高校:浜松市中区にある。かつて女子高だったが共学になり、スポーツ強豪校として知られる。今回の大分インターハイでは、女子がマイルリレーで2連覇して学校対抗では初の総合優勝。
ポイントは、部活をパソコン部と迷ったという点でしょうか。かつてのスーパースター高橋先生と巡り会い、埋もれたままになりかねなかった加藤選手の才能が芽吹き、花開くまで適切な指導を受けることができたのでしょう。日本の陸上競技のDNAが見事にバトンパスされた記事には心熱くなりました。もし、パソコン部に入部していたなら、加藤選手の快挙はなかったはずです。桐生選手の活躍は各メディアで大きく取り上げられましたが、加藤選手の記事は陸上専門誌ならではの心の機微に触れるモノでした。
部活の体罰問題が喧しい昨今ですが、良い指導者に巡り会えるか、また近くに格好のライバルが存在するかは、この年代の選手の人生を大きく変えてしまいます。
2020年、東京オリンピックの開催が決まりました。加藤選手や油井選手は陸上選手としてのピークを迎える頃でしょう。今の高校年代の選手が互いに競い合い、さらにレベルを上げて、多くの選手が東京オリンピックに出場できることを願っています。
新装なった国立競技場で、彼らがマイルリレーのバトンを繋ぐ姿を、「月刊陸上競技」の観戦ガイドを片手に目撃する日を夢見ている今日この頃です。
皆さんも一度「月刊陸上競技」を開いてみてください。感動のドラマが満載です。
(2013.10.15)