206冊目
少年マガジンKC『ダイヤのA(エース)』
少年マガジンKC
『ダイヤのA』
(1)〜(36)以下続刊
著者:寺嶋裕二
発行年月日:2006/09/15〜2013/05/17 刊行中
「自分以外の誰かがマウンドに立ってる姿なんて見たくねー」
チームのエースとなることに執念を燃やし、ひたすら練習に打ち込む高校一年生の沢村栄純が主人公の野球漫画です。
舞台は東京都国分寺市の私立青道高校。甲子園に何度も出場しており、100人近い野球部員の約半数が他県出身、これまでプロ野球選手を何人も輩出している名門校です。当然、部内での競争は厳しく、入部当初の沢村は二軍にすら入れません。さらに、同じ一年には150km/hに迫る剛速球を武器とする降谷という強力なライバルがいて、先輩捕手からは「同じ学年にアイツがいるかぎり、この先おまえがエースになることはない」とまで言われてしまいます。
対する沢村の武器はといえば、本人が自覚なく投げている「打者の手元で変化するムービングボール」「球の出所を見えにくくする柔軟な関節」「誰にもマウンドを譲りたくない、という強い気持ち」といった曖昧なもの。すべてが荒削りで、まだ武器と呼べるような決定的な力はありませんが、沢村はチームメイトや監督・コーチとともにこれらの「原石」を磨いていきます。
この作品のいちばんの魅力は、とことん「リアル」なところ。根拠なく技術や体力が向上することはありません。沢村をはじめ、チームメイトがどのような練習メニューでどの部分を鍛え、技術を習得していくか、という過程まで丁寧に描写されているのです。連載開始から7年経った現在でも沢村は一年生で、春のセンバツ出場をかけて秋季大会を戦っています。どれだけ緻密で本格的な野球漫画であるか、おわかりいただけるでしょう。
また、どんなに厳しい練習を積み、勝利への思いが強くても、時に負けてしまうのが現実。対戦相手も同じように努力し、全力で勝ちにきているからです。このあたりも迫真性があります。作中、対戦するライバルたちが背負っているものや、積み重ねてきた努力も公平に描かれており、主人公の敵とはいえ、わかりやすい「悪役」など存在しません。
悪役といえば、有力選手を県外から集める私立校を否定的に描く作品は少なからずありますが、本作はまさにその「野球留学生」が主人公。物語の冒頭、沢村は「高校でも一緒に野球をやろう」と約束した仲間たちを裏切る形で地元を離れ上京します。コミックス第1巻に収録されているこの場面は、私がもっとも好きなシーンの一つで、それが読みたくて1巻を読むと、次は2巻、3巻……と止まらず、あっという間に沢村の歩んだ半年間を追体験してしまうのです。どう描かれているかは、ご自身でお確かめください。そして、沢村の成長をともに見守りましょう。
じつは以前、業務としてコミックスのうちの何冊かの校正に携わりました。校正者としては、一文字一文字慎重に読んでいかないといけないのですが、「早く次のページが読みたい」という衝動を抑えきれず猛スピードで読んでしまい、もう一度最初から読み直すことになったり、涙が出て文字が読めなくなったり……と、まさに校正者泣かせの作品です。
(2013.07.15)