講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社文庫『空の境界』(上中下)

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

204冊目

講談社文庫『空の境界』(上 中 下)

奈須きのこ

河原井勇樹
平成25年度新入社員 22歳 男

「かっこいい」の魔力

書籍表紙

講談社文庫
『空の境界』(上中下)
著者:奈須きのこ
発行年月日:2007/11/15〜2008/01/16

 昔から同年代の平均よりは本を読む人間でした。ただそれは私がインドア派だったから。私にとって読書はマンガやゲームのようにワクワクドキドキする娯楽的なものではありませんでした。本書に出会うまでは。

 本書のあらすじはこんな感じです。
 二年間の昏睡から目覚めた両儀式が記憶喪失と引き換えに手に入れた、あらゆるモノの死を視ることのできる“直死の魔眼”。式のナイフに映る日常の世界は、非日常の世界と溶け合って存在している……!(上巻あらすじより抜粋)

 少し補足すると、両儀式が上記の能力を駆使して異能の力を持つ者が引き起こす事件を解決する(基本的に犯人を殺しちゃう)というのが話の主な流れです。

 私がこの作品に出会ったのは高校二年生の頃でした。着流しに赤いブルゾンを羽織った少女がナイフを片手に振り向いている表紙です。「あ、コレなんかいい。すごくかっこいいゾ」直感的にそう思い、買いました。上・中・下で分冊化されているのですが躊躇うことなく買いました。子どものくせに大人買い。

 当時の私が読む本といったら純文学や新書など硬めのものばかり。アニメを観たり、マンガを読んだり、ゲームをしたりするのが好きな少しオタク気味な人間だったのに。なんか小恥ずかしくて、こういうマンガ調の表紙の本を手に取ることは避けていました。書籍というのはカタければカタいほうが良いもので、純粋な娯楽として享受するものではない、という何の根拠もない偏見がありました。「俺は他のヤツとは違う。いろいろ知っていて、考えてるんだゾ」という意味のないプライドもありました。文学論まがいのことを友達に話してしまう「イタい」子でもありました(振り返ると本当に恥ずかしい……)。

 そんな私でしたが、気がつけばアッという間に上巻を読み終え、中巻、下巻とこれまた物凄いスピードで読み終えました。こんなに書籍に没入したのはこれが初めてでした。先が気になる。ドキドキする、ワクワクする。そしてとにかく、かっこいい。

 かっこいいのです。王道ではない、どこか屈折したかっこよさ。気障なかっこよさ。斜に構えたかっこよさ。それさえも斜に構えて避けていた私は不幸な若者だったと思います。意味のない世間体を気にして、好きなものを素直に好きといえない、触れることを躊躇する。本書はそんな呪縛から私を解き放ってくれた、劇薬のような一冊でした。

 映画やアニメを観るように、マンガを読むように、あるいはゲームをするように。純粋な娯楽として読書を楽しむ。手に汗握って、胸が高鳴る読書。本書は新しい読書の楽しみ方を教えてくれた作品でした。

 この原稿を書くにあたってもう一度読み直してみましたが、やはり鳥肌が立つほどかっこいい。読書が持つ純粋な娯楽としての側面。そんな当然のことを教えてくれた本書は、私にとって間違いなく忘れられない一冊です。

(2013.07.01)

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