201冊目
『ノルウェイの森』(上下)
『ノルウェイの森』(上下)
著者:村上春樹
発行年月日:1987/09/10
高校生のとき国語のテストで『ノルウェイの森』の一部が問題文として取りあげられたことがありました。主人公のワタナベ君が、先輩の永沢さんとその彼女のハツミさんと一緒に食事をする場面です。どんな物語なのかは問題文だけでは分かりませんでしたが、大学生はおしゃれなレストランでディナーを食べたりしちゃうという知識と、ハツミさんの「システムなんてどうでもいいわよ!」という台詞だけは頭の中にずっと残りました。
いったいどういう話なんだろう、機会があれば読んでみよう。そう思いつつ、いつしか記憶の彼方へと消えていた『ノルウェイの森』に再び出会ったのは、大学入学を目前に控えた春のことでした。実家から引っ越して来たばかりで、部屋にはテレビもパソコンもなく、暇つぶしになにか本でも読もうかなと立ち寄った書店で、この赤と緑の表紙が目に飛び込んできたのです。
書店から部屋へと戻り本を読み始めた私は、すぐに物語に引き込まれてしまいました。それは、いままであまり読書をしてこなかった自分にとって衝撃的な読書体験でした。登場人物たちと年齢も近く、これから始まる大学生活への希望と不安で胸がいっぱいという絶好のタイミングで、この本に出会えたことは本当に幸運なことだったと思います。私はこのとき初めて、小説というものを、自分とは異なる世界の架空の物語としてではなく、自分に直接関係を持った物語として読んだような気がします。
『ノルウェイの森』という物語は、けっして明るい物語ではありません。劇的なクライマックスがあるわけでもなく、ハッピーエンドでもありません。登場人物たちは次々と自殺をしてしまうし、主人公は常にその友人たちの死にとりつかれています。しかし、そんな鬱屈とした物語を読むことが、なぜかは分かりませんが私を落ち着かせてくれました。読み返すたびに、また明日から頑張ろうという気持ちにさせてくれました。
この紹介文を書くにあたって、久しぶりに『ノルウェイの森』を読み返してみると、私にとってこの作品は、初めて一人暮らしを始めた9年前の自分自身の思い出と強く結びついていることに気がつきました。
その後、村上春樹の作品を何作も読みましたが、私にとって『ノルウェイの森』はいまでも特別な作品です。そして、これから先も、何度も読み返しては、あの18歳だった自分のことを思い出す作品なのだと思います。
(2013.06.15)