200冊目
ヤンマガKC『アゴなしゲンとオレ物語』(1)〜(32)
ヤンマガKC
『アゴなしゲンとオレ物語』(1)〜(32)
著者:平本アキラ
発行年月日:1999/03/05〜2009/08/06
大学院生のころ、民族音楽の研究のために日本と東南アジアのラオスを行ったり来たりしていました。異国で過ごす時間はなにものにも代えられないほど刺激的ですが、その分知らず知らずのうちに疲労も蓄積してゆくものです。そのためか、日本に帰国した日にはアパートのせんべい布団に寝転がり、漫画を読みふけってストレス発散することが習慣となっていました。静かな風呂なし四畳半の部屋で、誰にも邪魔されずに黙々と漫画を読む。私にとってそのときこそが、「ああ、日本に帰ってきたなぁ」と実感できる瞬間でした。そんな至福の時間に、必ず本棚から手にとったのが『アゴなしゲンとオレ物語』でした。
凶器になるほど鋭く濃いヒゲを持つ男、ゲン。アゴナシ運送社長、32歳。とにかく器が小さく、品性下劣。かつ寂しがり屋。ワケのわからないことを衝動的に思いついては周囲を巻き込み、人に迷惑ばかりかける。そのうえ逮捕されるのは日常茶飯事。そんなゲンさんや社員のケンヂ、そして彼らの街に住む風変わりな(エキセントリックな)人々が織りなす物語、それが「アゴゲン」です。
この作品、先述したゲンさんをはじめ、登場人物がシュールで強烈。たとえば、人の幸せを憎むあまり、なにかにつけてカップルを恐怖に陥れようとする孤高のテロリスト。お尻が異常にプリプリしているせいでいつも周りを苛立たせ、暴行を受ける不運な青年。世の中を憂いているという理由で、誰かれかまわず説教することを生きがいとしている強盗常習犯。そのほかにも、ここで書くことが少しはばかられるほどに下品で笑える人たちのオンパレードです。
この「アゴゲン」の魅力、それは登場人物たちのどうしようもないセコさだと思います。楽をしておいしい思いをしたい。なにも努力せずにみんなから愛されたい。自分のことだけは棚にあげたい。そもそも、なぜか自分よりも他人のほうが幸せに見えて仕方がない。そんなどうしようもなくセコい気持ち、私にもないわけではありません。というより、正直なところかなりあります。私は、そんな彼らの煩悩にまみれたセコさに共感し、この作品の虜になりました。
ラオスと日本を往復するような日々が終わったいまでも、私は折に触れて本棚から『アゴなしゲンとオレ物語』を取り出します。そしてベッドに寝転がり、ゲラゲラと笑いながら幸せな時間を過ごします。その度に、知らず知らずに重たくなった心は、図らずも軽くなってゆくのです。
(2013.06.01)