講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社コミックス『釣りキチ三平』(8)(9)「O池の滝太郎」編

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

192冊目

講談社コミックス『釣りキチ三平』(8)(9)「O池の滝太郎」編

矢口高雄

山室秀之
児童図書第二出版部 40代 男

幻の魚を追い求めて

書籍表紙

講談社コミックス
『釣りキチ三平』(8)(9)
「O池の滝太郎」編
著者:矢口高雄
発行年月日:(8)1975/06/20 (9)1975/09/10

 子どもの頃の遊びといえば、魚釣りでした。

 学校から帰るとランドセルをほっぽり、竿と魚籠を抱えて近くの小川へ。釣れるのは小鮒やオイカワ、クチボソなどの小魚ばかりでしたが、あのプルプルッとした小気味のいい引きが楽しかったなあ。陽がとっぷりと暮れるまで、自然のなかで釣り糸を垂れる時間は、子どもながらの“永遠の幸せな時間”が流れていたように思います。

 家に戻れば、『釣りキチ三平』をくり返し読んでいました。渓流で尺イワナを追ったり、シロギスを求めて大海原で遠投したり、ときにはハワイでブルーマーリンとファイトしたり……。本の中で三平少年と各地のフィールドにくり出しては、まだ見ぬ魚たちとの出会いに胸を踊らせ、「おらもいつか、あんな魚釣ってみてえな〜」と夢見ていたのでした。(関東の平野部で育ったガキんちょに東北弁は似合わなかったが。)

 そんな『釣りキチ三平』のなかで一番好きだったのが、「O池の滝太郎」です。山形県の大鳥池に生息するといわれる伝説の巨大魚「滝太郎」をモデルにしたこの作品には、神秘の魚を追い求める釣り人のロマンがあふれています。
 このなかで、滝太郎の特徴はこう記されています。

滝太郎はその昔よりO池にすむ珍魚なり
身の丈およそ三尺三寸(約1メートル)にして体側に斑点あり
冷水を好み、直射日光をきらう故、水底深くすみ、時折水面に出ては餌をあさる
……かつて幾百人これに挑みても、釣られたる試しなし

 巨大イワナや、アメマスの奇形、あるいは何らかの新種説……。
 滝太郎を追い求めて全国から集まった釣り師を相手に、三平はこのとき初めて知ったルアーを使い、滝太郎に挑みます。ボートのないO池に丸木をけずった船を浮かべ、さらには湖にもぐって滝太郎の住処と思われるポイントを突きとめる。
 その大胆な発想と行動力こそは、まさに『釣りキチ三平』の面目躍如。千変万化する自然を相手とする釣りの魅力を存分に味合わせてくれるのです。
 そしてついに滝太郎をヒットさせますが、「滝太郎の怒りをかうと嵐がおこる」という言い伝えのとおりに、天変地異がおこり──。

 結局、滝太郎は幻の魚のままで終わってしまうのですが、最後に三平は満足そうにこう語ります。

「滝太郎は滝太郎さ。もしかしたらとおい外国からたまごが水鳥の足さくっついてきたんじぇねえかなあ」

 子ども心に、「滝太郎が釣り上げられなくってよかった」って思いました。
 自然界には人知のおよばないものがたくさんある。人間なんて、とてもちっぽけな存在なんだよ──。
「O池の滝太郎」の章は、少年だった私にそう教えてくれました。

 この本が刊行されてから40年近くになります。その間、何度か大鳥池で大々的な調査が行われてきましたが、いまだ滝太郎の正体は謎のままです。

 小川で小魚を釣っていた私は、30を過ぎて海の近くに移り住み、でっかい魚を求めて竿をふっています。──ぜんぜん釣れないけど。

(2013.02.15)

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