講談社100周年記念企画 この1冊!:『土井家の「一生もん」2品献立』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

185冊目

『土井家の「一生もん」2品献立』

土井善晴

古川ゆか
生活文化第一出版部 40代 女

台所の空気と時間が育むもの

書籍表紙

『土井家の「一生もん」2品献立』
著者:土井善晴
発行年月日:2004/12/09

 私は、台所という場所に格別の愛着があるようだ。

 子どもの頃は、台所の水屋の前が指定席で、母や祖母が料理をしている姿をよく眺めていました。荒神様に手を合わせたり、うどんをこねたり、七輪の焼き物を団扇で扇いだり……始終、手を動かしている様子を、子ども心にきれいだと感じて、見飽きることがありませんでした。

 特に遊び相手をしてもらえなくても、台所からいろんな音がしたり、いい匂いが漂ってきて、話しかければいつでも手を留めて受け止めてもらえる安心感のある空気のなかで過ごしていた子ども時代。最近、とみにその頃のことが思い出されてなりません。

 そして、編集者となった今、料理本の編集に携わっており、撮影の日は1日中、料理家の先生が料理を作るのをそばで見ることができる(&食べることができる)僥倖!

 今回、「この一冊!」をどれにしようかと自宅の書棚を眺めてみて、自分の蔵書で最も多く(なんと8割近く!)を占めているのが料理書であることに気づき、料理本を選びました。ご紹介するのは、最も尊敬する料理家の1人、土井善晴先生の『土井家の「一生もん」2品献立』です。

 10年以上前のこと、土井先生に雑誌の企画をお願いし、初めて料理をいただいたときの感動はいまだに忘れられません! ふわ〜っと体じゅうに青空が広がるようなきれいな味! 心身が満たされ、その後しばらく幸福感が持続するほどでした。家庭料理ってスゴイなあー!! 以来私は土井先生のファンになりました。その後書籍部署に異動し、土井先生の料理書を7冊も担当させていただきましたが、この本は記念すべき1冊目、現在13刷のロングセラーになっています。

 本は、ときにその人の人生を変えてしまう力を持っていますが、私はこの本で、“家庭料理”のすばらしさに開眼。日常、料理に向かう姿勢が一変してしまった。そんな、エポックな料理本なのです。

 これから一人暮らしを始める人や、結婚したばかりの人、そして長年料理を作ってきた人にも、ぜひ手にとってほしい1冊。家庭料理の基本や定番料理を覚えながら、家庭料理はレストランの料理とは全く次元が異なる、かけがえのない価値を持っていること、日々の食のありようは否応なく、どう生きるかに直結していることを感じさせる内容です。

 子どものころ、なぜあんなにも台所にいることが心地がよかったのか……。家庭料理は紛れもなく、家族の心身を養うものですが、食べる人を思いながら料理を作る時間のなかで生まれる母性的な気配やぬくもり自体が、人の芯を満たし、生きる力のベースようなものを作ってくれる、そんなことを無意識に感じ取っていたからではないか、と最近思うのです。

(2012.12.01)

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