講談社100周年記念企画 この1冊!:X文庫ホワイトハート『十二国記 月の影 影の海』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

171冊目

X文庫ホワイトハート『十二国記 月の影 影の海』

小野不由美

伊勢野まどか
校閲第四部 25歳 女

七年振りの再会

書籍表紙

X文庫ホワイトハート
『十二国記 月の影 影の海』
著者:小野不由美
発行年月日:上巻1992/06/20 下巻1992/07/20

 出会いは、当時NHKで放送されていたテレビアニメを、偶然観たことがきっかけだった。今から十年前、私が高校一年生のときだ。

 テレビを観た翌日には原作を求めて書店に走り、なけなしの小遣いをはたいて、シリーズ全巻を購入した。田舎で書店が遠いうえに、品揃えも悪かったので、全て揃えるのに大変な苦労をした覚えがある。

 未読の方のために、控えめにあらすじを説明すると、主人公はごく普通の真面目な女子高生・中嶋陽子。彼女は突如現れた謎の青年「ケイキ」に、見知らぬ土地へと拉致(?)される。そこは十二の国を十二の王が治め、人だけでなく、神仙や妖魔までもが暮らす異世界だった。ケイキとはぐれてしまった陽子は、ひとり彷徨い、妖魔の襲撃、人の裏切り、孤独、不安、恐怖、疑心暗鬼に苛まれながら成長していく……。

 よく練りこまれた独自の世界設定と、個性的なキャラクターたちに、私はすっかり魅了されてしまった。寝ても覚めても十二国記、当時から妄想癖と現実逃避癖のあった私は、暇さえあれば十二国の世界に脳内トリップし、一国の王となって国を治めたりしていた。なんだか書いていてすごく恥ずかしいのだが、それだけこの作品にはまっていたということだ。

 しかし大学進学に伴い上京した際、この文庫本たちは実家の本棚に置き去りにされ、以来七年間、開かれることはなかった。その間に、十二国記の細かな記憶は、私の中から徐々に薄れていったが、唯一、色褪せることのなかった言葉がある。

〈「裏切られてもいいんだ。裏切った相手が卑怯になるだけで、わたしのなにが傷つくわけでもない。裏切って卑怯者になるよりずっといい」〉

 度重なる人の裏切りに、失いかけていた信じる心を、人の優しさによって取り戻した瞬間の、陽子の台詞だ。

 この言葉に、私は衝撃を受けた。この部分を読むまでの私は、陽子に対して、一方的な仲間意識を抱いていた。日本にいた頃の、人の顔色ばかり窺っていた臆病な陽子は自分にそっくりで、陽子が負の感情を募らせていくたびに、「うんうん、そうだよね。その気持ち分かるわ〜」などと勝手に共感していた。陽子と共に歩いているような感覚でいた。しかし、いつの間にか彼女は私を置いて、一人で前に進んでいたのである。

 それからの陽子は、見違えるほど強く、気高く成長する。私にとって、彼女は同胞から目標に変わった。陽子のようになりたい、少しでもマシな人間になりたいと、彼女の背中を追うようになった。

 出会いから十年。この十年で、私は少しでも陽子に近づけたのだろうか。少しの期待を抱きつつ、久しぶりにこの本を開いた。彼女の背中は……まだまだ遥か遠くにあった。

 恐らく、私が彼女に追いつくことはないのだろう。だけど、たぶん、私はこれからも彼女を追いつづける。そして人生の終わりに、小さな点に見えた彼女の背中が、ちょっとだけでも大きくなっていたらいいな、と思う。

(2012.09.01)

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