161冊目
『たのしいムーミン一家』
『たのしいムーミン一家』
著:ヤンソン
訳:山室静
発行年月日:1978/04/15
高校の後輩が、「ムーミンの原画展に行って来た! すごいよかった!」と嬉しそうに話すのを、「ふーん、あのカバっぽいやつの原画展……」と思いながら聞いたのが二年前の年末のこと。その後たまたま会社の資料室で、この『楽しいムーミン一家』を手に取るまで、恥ずかしながら小説が原作だということすら知らなかった。「こっち向いて」と呼べば振り返るかわいいカバっぽいアレ、くらいの認識。ところが! 試しに読んでみると、これがとんでもなく面白い。
たとえば『たのしいムーミン一家』には、世界の果ての高い山に住む「飛行おに」という魔物が登場する。他の者の望みを叶えることと、自分の姿を何にでも変えることはできるけれど、自分の望みを叶えることはできない。ずっとずっと探し求めているものがあって、それを見つけ出さない限り幸せにはなれない。でも、自分でもそれを見つけ出すことはできないだろうとも思っている。これから読む人のために詳しいあらすじは省くが、物語の終わり近く、その飛行おにが笑顔を見せることになる。
『飛行おにがわらうことができるなんて、だれだって思いはしなかったのです。ところが、そのときみんなの目には、飛行おにのにっこりしたのが、はっきりと見えました』
という一節を読んだとき、なんだかものすごく嬉しくなったことを覚えている。
もちろん飛行おにだけではなく、ムーミン谷に住む登場人物(人物?)それぞれにとぼけていたり愛らしかったり、思わぬ毒を吐いたりして、魅力満載。この本じゃないけれど、シリーズ中でムーミントロールが眼前に立ちはだかる食虫植物に向かって吐く「お前は、死んだ豚の昼間の夢みたいな奴だな!」という、あまりに斬新すぎる悪口に象徴されるように、ムーミンたちは単にかわいいだけの存在ではない。絵本やアニメの印象が強いが、決して子供だけに向けられた本でもない。むしろこの歳になったから気づけたのかな、と思わせられるフレーズに、何度も何度も出会わせてくれた。架空の生き物たちが放つ、無邪気でストレートな言葉は、ときおり人間の「業」のようなものまで言い当てていたりもする。
シリーズ全巻をすぐに一気読みし、その頃広島で原画展が行なわれているというので、日帰りで原画展を観に行った。原画展でその絵の繊細さ、構図の巧みさ、色使い、世界観に魅了され、東京に戻ると錦糸町にあるオフィシャルショップに飛んで行き、画集やポスター、グッズを買い漁った。おかげで今年三十路にもなろうという独身男の家のあちらこちらにムーミン関連のアイテムが見え隠れするという、少々恥ずかしいことになる。
幼少期にムーミンに馴染みのある人も、僕のようにとくに縁もなく通り過ぎた人も、原作を読まないでなんとなく知った気分になるには、あまりにももったいない魅惑のムーミンワールド。ぜひご一読を。
(2012.07.15)