148冊目
講談社文庫『モッキンポット師の後始末』
講談社文庫
『モッキンポット師の後始末』
著者:井上ひさし
発行年月日:1974/06/15
中学3年生の時、友人のN君がおもしろいよと勧めてくれたのがこの本だった。夏の終わり頃だったのだろう。梨農園を営むN君の家で、木から採ったばかりの豊水をご馳走になった。坊主頭で、頑張ってレッド・ツェッペリンとかピンクフロイドなんかを聴いていた頃のこと。
多分、この本が初めて読む「大人の本」だったと思う。「大人の本」は、ストリップ劇場の裏側とか、赤線地帯のキャッチボールとか、ヒヨコの雌雄の鑑別とか、赤ワインは部屋の温度になじませて〔シャンブレ〕飲むとか、カトリックの聖人の名前とか、キュリー夫人は防寒のため新聞紙を下着代わりにしていたとか、垂れ耳のシェパードは価値がない……、トリヴィアの宝庫でもあった。
大笑いしながら読んだ。笑った。とにかく面白かった。カトリックの寮で出会った主人公・小松と悪友二人は、悪知恵を絞って「アルバイト」をひねり出すのだが、騒動を引き起こし、悪事がばれてとっちめられる。叱られる、すこし懲りる、新しい問題を引き起こすことの繰り返し。次から次へと繰り出す碌でもない行状には思わず共感してしまう間抜けさがあった。いまなら犯罪として裁かれるに違いない。舞台となっている昭和三〇年代は、まだまだおおらかな時代だった。
その悪行に振り回されるのが牧師のモッキンポット師。三人の身元保証人でもある。関西訛りのフランス人牧師モッキンポットは、絶妙のタイミングで登場する。ある時三人は、とんかつ屋からじゃがいもやら肉やらを細い竹と針金でつり上げて盗んでいたのが見つかった。
とんかつ屋のおやじに、弁償しろ、貧乏学生では話にならないので、一番上の人間を呼んでこいと言われ、小松はつい、一番偉いのはキリストですと答えた。そして三人はモッキンポット師に伴われて、とんかつ屋に行く。親父が出てきていう。
「おまえさんかね、キリストさんてえのは?」
モッキンポット神父はそれには答えず、上衣の内ポケットから財布を出しながら、
「弁償させていただきますわ。けど、すこしまかりませんか?」
といった。(p50)
全編がこんな調子ですっかり井上ファンになった私は、十代後半を笑える読書に捧げることになったのでした。
追記
モッキンポット師と出会った十五年後、天然パーマで鷲鼻の関西弁をしゃべるフランス人JLと友だちになって、この本をプレゼントした。
「こんな間抜けなフランス人おらんけど、おもろい本やった」との感想をもらった。
(2012.05.15)