144冊目
『GO』
『GO』
著者:金城一紀
発行年月日:2000/03/30
一生忘れられない「コード」があります。書籍販売部に所属した1996年〜2002年の7年間、何度も繰り返しパソコンに入力して指がテンキーの位置を記憶した、ISBNコードの一部です。
2074974、2100997、2082829等々。なかでも2000年の3月に刊行した2100541の『GO』は、その年の123回直木賞を受賞し、作品もさることながら周辺の思い出(エピソード)とともに、強く心に残っています。
これが単行本デビューとなる新人作家の作品を初めてゲラで読んだとき、ぐいぐいと引きこまれまるその面白さにとても興奮し、「部長、これはひょっとするとすごい作品かもしれません。芥川・直木賞とかも狙えるかも……とにかく読んでみて下さい(本当にこう言った)」と部長にお願いし、超特急で読んでもらいました。
当時「在日文学」というと、梁石日の『血と骨』のように重厚なものがベストセラーでした。販売経験の浅い駆け出しの私は、生意気で無知で、芥川賞のノミネート資格も知らなかったけれど、内から湧き起こるワクワクを多くの人と共有したくて、この異色の青春小説をどう売るべきかを考えるのがとても楽しかったことを思い出します。未経験をカバーするため、他出版社の同業諸氏に頼んで市場傾向を教えてもらったりもしました。当時のことを思い返すと、販売展開など思うようにやらせてもらえたと思います。感謝です。
『GO』はボーイミーツガールの純愛小説です。「在日」というレッテルに鬱屈して燻っていた少年が、難しい社会環境のなかで、強い意志をもってアイデンティティを獲得していく、ビルドゥングスロマン(少年の成長譚)でもあります。
主人公の少年・杉原は、とてもピュアです。世間から見ると相当ヒネくれて見えるのですが、初めて対峙した選択肢をきっかけに、考え、選び、行動し、次々と扉をぶち破り、アイデンティティと恋を勝ち取っていく姿は実に爽快です。「力いっぱい生きる」って、こういうことなんだろうな。
親友である正一(ジョンイル)が死んだときには一緒に泣き、少女・桜井との恋に一緒に振り回されたりもしました。ラストで杉原が問いかける「俺は何者だ?」から後、感情が爆発する様が圧巻です(ぜひ読んでみてください!)。同世代には冒険譚のように、大人には甘酸っぱい思い出とともに楽しめる一冊だと思います。未読の方は、これから楽しんでください!
思い出をもうひとつ。
直木賞発表当日の夜のことです。日比谷公園で待つという編集担当の「結果がわかったらすぐに電話します」という言葉に、「絶対に忘れないように」と念押しして送り出しました。粛々と仕事をして待ちながら、電話が鳴るたびに奪うように受話器をとるイベント。良い思い出です。
販売部では職場の皆で一緒に発表を待つ習慣があります(このときは役員が出前のお鮨をご馳走してくれました)。じりじりと待つなかコール音が鳴り、「もしや!」と勢い込んで出た電話は、読者からの「直木賞はもう決まりましたか?」という問い合わせでした。その間に掛かってきたもう一本の電話が、まさに受賞を知らせる一報でした。これをタッチの差で部長に譲ったのは痛恨でしたが、それをはるかに超える喜びに震えた瞬間でした。それからの怒涛の毎日も、いくらだって頑張れる気がしました。この作品に一端でも携わることができて幸せです。
仕事として、小説として、一番の出会いになりました。本当に楽しかった。そして間違いなく現在も仕事への情熱・原点・原動力になっています。いまはこれを越える思い出を作るべく日々仕事に勤しんでいますが、たぶん、いつか定年を迎えるその日にも、「コード」と共に思い出すことでしょう。
(2012.04.13)