講談社100周年記念企画 この1冊!:『ぼくを探しに』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

140冊目

『ぼくを探しに』

作:シェル・シルヴァスタイン 訳:倉橋由美子

宇田川賢人
校閲第一部 25歳 男

「  を探しに」

書籍表紙

『ぼくを探しに』
作:シェル・シルヴァスタイン
訳:倉橋由美子
発行年月日:1977/04/24

 昨年、ふらふらと立ち寄った書店の、棚と棚のあいだをこれまたふらふら歩いていたとき、視界の端に留まった本。〈あっ!〉と呼ばれて〈えっ!〉と振り向いてから〈あっ!〉と私も声をあげたという、そんなやりとりが実際にあったわけではもちろんないけれど、思わず二度見の再会だった。

 陳列棚の一画に置かれていた『ぼくを探しに』というその絵本を、私は幼い頃に読んだことがあった。それも、一回や二回ではない、おそらく何十回と読み返したはずだ。しかし不思議なことに、書店で再び目に留めるまで、私はすっかりこの本のことを忘れていた。

 もう二十年以上も前のこと、ひらがなとカタカナはウルトラマンの図鑑で覚えていたので、家にある大方の絵本は読めるようになっていたけれど、この絵本は読めなかった。漢字が使われていて、しかもルビが振られていなかったからだ。そこで、漢字の部分はすっ飛ばして読んでいた。そうすると、当時の『ぼくを探しに』の書き出しはこうだ。 「 かが りない/それでぼくは しくない/ りないかけらを しに く」(空白部には順に「何・足・楽・足・探・行」が入る)

 これだけの情報ではいったい何が書かれている本なのか皆目わからない。でもそのわからなさが幼い私をかきたてたのだと思う、何度も何度も、絵を頼りにページを繰っては、読めない部分を想像や推理で埋めていた。

 『ぼくを探しに』の原題は『THE MISSING PIECE』。主人公は円い形をした生き物(?)で、彼(?)には目と口があって、口の部分が三角形に欠けている。たとえば、ホールケーキから一人分切り取ったような姿をしている。その三角形にぴったり合うかけら(missing piece)を探しに、つまり完全な円形になるために旅を始めるのだ。

 日照りの中、雨の中、雪の中、彼は進んでいく。途中でみみずと話したり、かぶとむしを追いこしたり追いこされたり、蝶に留まられたりする。やがて彼はいくつかの三角形に出会って、口に嵌めてみるのだけど、大きすぎたり、形が合わなかったり、鏃だったり(!)、なかなかぴったり自分に合うかけらが見つからない──。

 二十年ぶりに読み返したその本は、驚くほどシンプルで少ない言葉と線で綴られていた。そして私は、そこに書かれている言葉や絵よりも、その圧倒的な「空白」に驚かされたのだった。もう私は漢字を読めるし、そこに書かれている言葉の意味を読み取ったり考えたりすることはできる。にもかかわらず、そうした情報よりも、書かれていない、音楽でいう休符のような、頁の白い部分に惹きつけられた。小さいとき、ひらがなの間にぽつぽつとあった「文字があるけど、読めない」という空白は、いまやすっかり埋まって、別の空白が立ち現れている。そしてその空白は、決してmissing pieceのためのものではなく、それ自体がだいじな、満たされた何かなのだった。

(2012.04.01)

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