講談社100周年記念企画 この1冊!:『少年伝記 野口英世』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

132冊目

『少年伝記 野口英世』

著:滑川道夫 絵:西村保史郎

菅谷章紀
主計部 30歳 男

千円の大いなる価値

書籍表紙

『少年伝記 野口英世』
著:滑川道夫
絵:西村保史郎
発行年月:1978/05/21

 夏目漱石に替わって千円札の顔になった野口英世。その生涯を偉人伝として子供の頃に読んだ人も多いことだろう。

 小学校の低学年の頃、福島県猪苗代にある野口英世記念館に家族旅行で訪れた。
 土産に買ったのは、「少年伝記 野口英世」なる本。

 大やけどを負った手を治してくれた「お医者さん」を志すということが、自然なようで、しかしとても崇高な目標のようで、小学生の自分に置き換えて考えにくかった覚えがある。何か自分がその職業を志したくなるような出来事が今後起こるだろうか、それが起こらなかったら自分は何になりたいのだろうか、と。

 それから10年以上の時が経ち、私は出版社に入った。

 私が業務部という製作発注の部署にいたとき、担当していた児童書の部署の、ある月の重版リストの中に、「野口英世」というタイトルを見つけた。印刷会社さんに渡す重版の見本が編集部から届いて、封筒を開けて驚いた。実家の本棚に眠っている本と同じものがそこにあったのだ。モノは違えど、その再会に大きな感動を覚えたことを、今でもはっきりと記憶している。

 手前味噌だが、講談社がこれまで多岐にわたる出版を行ってきて、私はどこかしらでその出版物と出会ってきたこと、少なからず生き方に影響を与えられてきたこと、そして今、“作る側”の立場として働いていることを誇りに思う出来事であった。

 これが本の良いところで、その時読み返してみた「野口英世」は、また違った彼の一面を見せてくれた。子供ながらに、立派な一面しか印象に残っていなかったが、実は大変な浪費家で、母を苦労させた父に似て大酒飲みでもあったようである。また、幾度となく進路を阻んだ「貧しさ」は、彼の努力を認めた人々の援助によって乗り越えたが、人に頼ることに慣れてしまい、そのありがたみを忘れかけたこともあったという。しかし、そういった面を、恩師や友人から戒められる度にとても素直に反省し、改めることが出来る、これも偉人たる所以だと思った。

 研究に没頭し、黄熱病の研究中で黄熱病に倒れるという最期。偉人の死に方は、そのまま生き方の延長線上であった。
 この研究者の死もまた、殉職というのだろうか。

 猪苗代湖の畔に、遺された生家を活かして記念館が建てられた。先の原発事故の影響で、団体客が激減、厳しい運営状況だという。

 その記念館でのみ販売されているこの本、初版は1978年、総発行部数は何と10万部を超えている。そして初版以来、彼の命日である5月21日に版を重ねてきている。手前味噌の上塗りだが、粋だな、と思う。

 20年以上前には800円で買ったようだが、今の価格は奇しくも1000円。旅行の行き先に困ったとき、もしくは、人生の目標や使命について考えたとき、野口英世の生涯を、猪苗代で、野口英世の描かれたお札を握り締めて手に取り、感じてみてください。

(2012.03.01)

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