講談社100周年記念企画 この1冊!:『スティーブ・ジョブス』(I)(II)

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

124冊目

『スティーブ・ジョブス』(I)(II)

著者:ウォルター・アイザックソン 訳:井口耕二

田中民男
庶務部 59歳 男

一読者よりの『弔辞』

書籍表紙

『スティーブ・ジョブス』(I)(II)
著者:ウォルター・アイザックソン
訳:井口耕二
発行年月日:(I)2011/10/24 (II)2011/11/01

 長いあいだ闘病生活を続けられていたので心配をしていました。公の場に登場するニュースを見るたびに、病気を克服して次のサプライズグッズのプレゼンターとして復活することを心待ちにしていました。それも叶わずとても残念でなりません。

 あなたがアップルを起ち上げアップルIIをサンフランシスコのコンベンションで発表した1977年4月に私は社会人としての生活を始めました。当時はまだパソコンという言葉自体が新鮮で、二人のステーィブが作ったアップルは日本でもすぐに話題になりその創作物は若者情報誌でもたびたび紹介されました。早速、私の近くでも、アップルのパソコンをテーマにしたムックの企画が持ち込まれましたが、残念ながら実現しませんでした。

 パソコンへの興味が募るなか、新商品好きな私が飛びついたのはアップルIIやマッキントッシュではなく、競合するコモドール社製のパソコンでした。このパソコンをBASICで動かし原始的なゲームで遊んだものでした。アップル製品はとても高価で手が出なかったからです。それにパソコンを使って、一体何をするの? 何の役にたつの? 多くの人がまだそう考えていました。それから40年足らずのあいだにパソコンがこのように万人の生活に不可欠な存在になろうとは想像もしませんでした。そして、なによりも音楽プレーヤーや電話がこのような形態で発展するとは思いもしませんでした。これらはいずれも、あなたの偉大な功績です。

 ほぼ同じ世代のあなたの若い頃の生活については懐かしさと憧れが入り混じる気持ちで読みました。私はボブ・ディランを聴いていませんでしたが、ビートルズやストーンズには相当熱中していました。あなたが体験したグラスや異性関係は私には門外のことでしたが羨ましさもあります。1960年〜70年代まではアメリカの若者の生活全体が日本の私たちの憧れの対象でした。でもあなたがアメリカの若者としては珍しくもない生活をおくる一方で禅や自然への志向を両立させていたことには正直驚かされました。あなたが尊重した精神世界とあなたが創造したテクノロジーはなんら矛盾もなく一人の人間のなかに収斂されていたことに、そして多くのアイデアと創造物があなたから生み出されたことに対して。

 誰もがそう思うことでしょうが、あなたはオールラウンドの優等生ではありませんでした。成績表で言うなら、ある科目以外はすべて平均以下の学生であったはずです。授業態度や生活態度についても要注意生徒と見られていたことでしょう。会社においても一緒の部署になりたくない、上司としてもパワハラが過ぎる、そんな問題含みの人間です。でも特殊科目については評価の基準を突き破るほど傑出した成績で驚嘆すべきものでした。あなたと共にこの世界を改革したビル・ゲイツとはこういうところが好対照です。だからこそ『スティーブ・ジョブス』は、同時代の人物をテーマにした伝記として比類なき面白さがあったと思います。最後に、現代を生きる私たちに、時代のリアリティを感じさせてくれる一生をおくり、そのことで世界中の人に素晴らしい一代記をもたらしてくれたあなたのご冥福をお祈りして弔辞とさせていただきます。

 天国のあなたへ。今オンエア中のi-tune ビートルズのTVコマーシャル、レコードジャケットをあしらった楽しいビジュアル構成とストレートな表現でとても素敵な出来です。天国にいるあなたはどう評価しますか。

(2012.02.01)

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