講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社文庫『戦国無常 首獲り』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

122冊目

講談社文庫『戦国無常 首獲り』

伊東潤

森武文
専務取締役 60歳 男

サラリーマン社会の縮図のような戦国人生絵巻

書籍表紙

講談社文庫
『戦国無常 首獲り』
著者:伊東潤
発行年月日:2011/06/15

 なんとも物騒なタイトル『首』(原題)。この本を読んだ衝撃、感動が忘れられず、文庫化されても読んでいる。時代小説の中でも傑作である。伊東潤作品に出会ったのは『武田家滅亡』(角川書店)が初めてだった。文章力、展開のすばらしさにファンになった。

 この『首獲り』を読み進むにつれ、自分が戦場で闘い、葛藤するシーンが思い浮かぶ。もし自分がその場面に遭遇していたら、私はどう行動したであろうか。あるいは友人、同僚を裏切り、手柄を独り占めしたかもしれない。などと、考えていると戦国の悲喜劇がまるで、サラリーマン社会の人生模様ようにみえてくる。この作品を映像化したら、迫力のあるテンポのいい物になるはず。

 戦国時代の武功はいかに討ち取った敵(首)の位により、評価され、恩賞、地位が上がる。この本はそうした「首」をめぐる6つの短編からなる。時には瀕死の友を裏切り、息子さえ裏切る、欲深い人間ドラマである。人はどう生きるべきか、考えさせられる書である。

 短編のどれも傑作ですが、「頼まれ首」が一番。斃れる寸前の幼馴染から「自分が死んでも、せめて息子の恩賞になれば……」と「首」を託された男。首実検にのぞみ、その首が敵大将のものと判明する。欲に駆られ、真実を言えぬまま嘘をつき通し、自分の手柄としてしまう。ヒーローになった喜びもつかの間、死んだと思っていた幼馴染が生きて戻り、大どんでん返し。「おぬしは詫びてくれると思った。詫びてくれたなら、あの世までこの話は……」といった、二人のやり取り、駆け引きが迫力あるし、手に汗握る場面だ。

 当時、「もらい首」「買い首」「譲り首」は厳罰とされており、武門の恥とされていた。こうした背景の下、それぞれの短編には、手柄をあげるために、人間としての卑しさ、哀れさが見事に描かれている。

 正直だけがとりえのうだつのあがらない老いたる男の暗転劇が描かれているのが、「拾い首」。ずっと戦功のない男が拾った首は敵の重臣で「武功第一」と称えられる。これに味を占め再び拾った「武将首」も自分の手柄としてしまう。ところが、その首の落とし主は自分であると、実の息子が名乗りでた。それでも、我欲に駆られ、息子は嘘をついていると言い張る。「何事にも正直であれと、常に父上から教えられてきた、真実は隠せません」と、息子は父親の哀れな姿に涙ながらに立ち去る。進退窮まった父は、ゆっくりと脇差に手をかけ……。

 ともかく、全短編の息詰まる人生絵巻、何度でも読み返したい。こうして原稿を書いている最中、直木賞の候補作品として『城を噛ませた男』(光文社)がノミネートされた。まさに、伊東潤作品がこれから脚光をあびると信じている。

(2012.02.01)

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