講談社100周年記念企画 この1冊!:『完盗オンサイト』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

116冊目

『完盗オンサイト』

玖村まゆみ

松本大
ライツ管理部 37歳 男

加速度日本一! 疾風怒涛のジェットコースターライド

書籍表紙

『完盗オンサイト』
著者: 玖村まゆみ
発行年月日:2011/08/08

 私は出版社の中にあっても花形の編集ではなく、主に事務管理系の部署で契約処理の担当をしている。実に地味な仕事で、作家の煌めく才能に直に接することもなく、世間の話題を攫うような企画を遂行するわけでもない。いわゆる「出版社のヒト」からはおよそかけ離れた存在であると言っていいだろう。

 そんなわけで、私の本の探し方、本との触れ方は至って普通。仕事や子育ての合間、通勤電車の中などでパッと開いて一瞬別世界に没頭する、そのためだけのものを探し、読むことが多い。特に、何も考えずにスラスラと読めて、読み終えた後にスカッとするようなフィクションが好きだ。理屈など噛み合っていてもいなくてもいい。キャラクターや設定なども突飛であればあるほどいい。とにかく私を地味な日常から引きずりだしてくれる様な、そんなパワーのある作品をいつも求めている。

『完盗オンサイト』は、そんな私の趣向性を何乗にもして更にそれを引っ掻き回した様な、奇妙さと驚異的な引力を携えた小説であった。

 実力は人一倍なのに、カノジョにフラれたショックでホームレスに落ちぶれたフリークライマーの主人公。その主人公をフって高級スポーツウェアメーカーのエリート社員と結婚するも、ドーピング疑惑で結婚とスポンサー契約両方をフイにしてしまう、同じくプロクライマーのヒロイン。同僚の自殺を防げなかったことを悔やんで出家し、寺の住職となった元教師と、その寺にDVから逃がれるために預けられてきた子供。その子供と母親を執拗に追い回すDVストーカーパパ。一流ディベロッパー企業の会長でありながら、過食でスターウォーズのジャバ・ザ・ハット並みの体型になってしまった異形の兄と、その兄に操られるブラコンの弟社長。

 登場人物全員、何かを抱え、何かが欠けている、幸せになれない人たち。それらがみな、皇居に秘蔵される樹齢550年の伝説の盆栽を盗み出す計画を中心に動き出し、絡みあう。

 実に荒唐無稽な思いつきをそのまま紙に降ろした様な話である。展開も「8時だヨ!全員集合」のドリフ張りで、「シムラ、うしろうしろ〜!」と叫びたくなる様なシーンや、「ダメだこりゃあ。次行ってみよー!」とチョーさんの声が聞こえてきそうなシーンの連続。キャラクターのそれまでの人生同様、イマイチ決まらないのである。

 それでもみんな、必死に、泥臭く走る。もがく。生きる。自分が大切に思う人、信じるもののために。そしてストーカーパパ以外はみんな、自分の次の人生を手に入れていく。ストーカーパパ、残念!

 特筆すべきは、これらイマイチなキャラ達が織りなすドタバタ劇が、次第に楽しげなドンチャン騒ぎになり、きらきらしたお祭り騒ぎへと進展していって、最後にはジェットコースター並みの起伏とスピード感溢れる物語へと昇華していく展開の加速力、そして読み手をわしづかみにして離さないパワーである。とにかく、ちょっとした伏線のほつれなどまったく気にならない、いや、気にさせてもらえずに一気に読まされた。そして後味は間違いなく、スカッとしている。

 スローな日常からほんのひととき、非現実の世界へと飛び出したい人、難しいことを考えずに、ただひたすら楽しい時間を味わいたい人には是非オススメしたい一冊である。

(2012.01.01)

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