113冊目
『愛と幻想のファシズム』(上)(下)
『愛と幻想のファシズム』
(上)(下)
著者:村上龍
発行年月日:1987/08/20
奥付をみると単行本の刊行が87年8月とあるので、読んだのは大学1年の頃だったと思います。
たしか『ノルウェイの森』が刊行されたのも同じ頃で、どなたかも書いていたように、当時は「龍さん」、「春樹さん」の作品を友人たちと競うように読んでいました。
気付いたらそれももう25年も前のことで、思い返すと、大学に入学し、新たな生活に戸惑いをおぼえるなど、個人的には大きく環境が変わった年でした。
そうしたなかで、忘れられないのがこの『愛と幻想のファシズム』。ハードカバー上下巻をあっという間に読みきったことを覚えています。
狩猟家である主人公トウジの凄まじい生き方、トウジ、ゼロ、フルーツを中心とした微妙な人間関係、政治、経済、国際情勢の目まぐるしい動き。純文学としての奥深い人物描写やエンターテイメント性に溢れたスピーディなストーリー展開に圧倒されました。当時18歳くらいであった私にとっては、どこまで理解できていたのかはわかりませんが、関心を持ち始めたばかりのテーマが小説のなかに満載で、読み終えた時には一回り成長したような充実感すら持ちました。
今回改めて本書を読み直しました。もう四半世紀も前の作品ですが全く古びることなく、当時描かれた近未来の状況は現在にも悪い意味で通じるものがあり、バブル期以降のこの20年間を振り返り考えると、まさに失われてきた時代であったということを痛感しました。
あとがきで、龍さんは「システムそのものとそれに抗う人間を描こうとした」、「書きたかったのはある種の閉塞感」とおっしゃっています。
世界的に政治、経済のシステムが大きな変化を遂げつつある一方で、日本国内には先行きの見えない閉塞感が漂う現況は、当時と同様というか、むしろ悪化しているような状況です。
今回、この文章を書きながら思ったのは、偶然ながら本書を読んだ時と同じように、個人的に大きな環境の変化の下に自分がいるということでした。主人公トウジのような生き方、やり方は真似できるものではありませんが、「既存のシステムに抗い、閉塞感を打破する」という非常に重要なテーマを本書から与えられているのだと思います。
(2012.01.01)