109冊目
『風の中のマリア』
『風の中のマリア』
著者:百田尚樹
発行年月日:2009/03/03
忘れられない瞬間がある。子供といっしょにトンボをとりにいったとき、ふりまわした網をかわして、たんぼのほうに飛んでいったオニヤンマ。夕日にきらきら染まって悠然と王者の風格で飛んでいるオニヤンマにみとれていると、その直後バチッと火花が散るような音が聞こえた。オニヤンマがオオスズメバチを捕食しようと、ぶつかったのだ。もつれあう「ぐしゃぐしゃ」という音が響いたあと、オオスズメバチの抵抗にオニヤンマはあきらめて離れていった。肉食だと知ってはいたけどオニヤンマの捕食を見たのは初めてだったし、命をかけたぶつかりあいに心揺さぶられたのだ。
『風の中のマリア』はオオスズメバチが主人公の物語だ。オオスズメバチのワーカーのマリアは、ただひたすら妹たちのために虫を殺して、それを肉団子にして巣に届ける。30日間戦うためだけに生きて、そして死ぬ。
そこでもオニヤンマとのシーンがある。
<マリアはオニヤンマにくわえられたまま、必死で首をひねってオニヤンマの体を見た。 何という巨体だ。マリアの体の倍以上ある。オニヤンマは巨大な顎でマリアの胸をぎりぎりと締め付けた。>
あの瞬間に私が感じた臨場感と命の奪い合いの緊迫感が、この本のなかにはつめられている。オオスズメバチが主人公なんて、ありえないんだけど、あっという間に引き込まれる。一番衝撃を受けたのは、ニホンミツバチが自分達の体温限界まで集団で熱をあげてつくった蜂球のなかにオオスズメバチを誘い込み、熱死させるところだ。摂氏46度を超える高温に長時間さらされてしまうと死ぬオオスズメバチに、ニホンミツバチは自分達が耐え抜くことができる摂氏48度まであげて、そのわずか2度の温度差に命をかけるのだ。
オオスズメバチから見た虫たちの世界が色鮮やかに眼前に広がっていく。わずか30日。けれど激しくて切ない濃厚な時間をオオスズメバチが生き抜いていることを知って目頭が熱くなった。
実はこの本は虫とりに子供と出かけたとき、虫のことを聞かれて答えるときのネタ本である。それでも子供がもう少し大きくなったら、この本を読ませたい。お父さん、ここから虫のこと全部しゃべってたんだとばれたとしても、「オオスズメバチってすごいね」「虫たちも大変なんだね」って語り合ってみたいのだ。
(2011.12.15)