講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社文庫『梅安乱れ雲』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

106冊目

講談社文庫『梅安乱れ雲』

池波正太郎

但馬一憲
写真部 57歳 男

思い出と自慢の一冊

書籍表紙

講談社文庫
『梅安乱れ雲』
著者:池波正太郎
発行年月日:2001/06/15

 カメラマンの私は〈小説現代〉を中心に作家の写真を撮っている。もう35年になるだろうか。多くの作家の先生に出会った。すでに他界してしまった先生方も多い。その中で最も心に深く残っているのが池波正太郎先生だ。

 今から32年前、25歳だった私は池波小説の〈仕掛人シリーズ〉の取材撮影で梅安のふるさと静岡県藤枝に同行していた。順調に取材2日目を迎えた朝、お茶を飲みながら打ち合わせをしていると「今度の仕掛人・藤枝梅安はお前をモデルに書くぞ。若くてかっこいい殺し屋だ」と突然言われた。これまで京都、木曾などで撮影をつづけ、短気な先生からはおしかりを受けたり、ほめられたり、「今度の撮影も但馬で」とリクエストをいただいたりとずいぶんと可愛がってもらっていたが、これにはびっくりした。この〈梅安乱れ雲〉に登場する男色の剣客・田島一之助が私だ。「縮れた総髪うしろへ垂らしている若い男…」というくだりは、まさに当時の私の風貌そのものだった(しかし、本人は決して男色ではない)。小説現代に連載がはじまると、編集部に原稿が届くたびに私に連絡が入る。真っ先に読ませていただいた。

 池波小説のシリーズには〈仕掛人・藤枝梅案〉のほか〈鬼平犯科帳〉〈剣客商売〉と3作品あるが、梅安の特筆すべきところは主人公が金で人殺しをする「殺し屋」であることだ。悪人であるはずの殺し屋が世のため、ひとのために巨悪を仕掛ける。殺し屋が善人として描かれている。そして、鬼平、剣客をはるかに上回る緊張感の中に暗黒の世界の非情と男の友情、人間味がテンポよく伝わってくる。まさにドキドキものだ。

 田島一之助が男色だったのには驚いたが、すぐに梅安の世界にひきこまれていった。――「梅安を殺せ」と命をうけた田島だが、旅の途中で病に伏しているところを鍼医の梅安に(梅安と知らずに)助けられる。が……。内容は読者の楽しみにとっておき、ここまでにしておこう。

 昨今、テレビなどでは、食通の池波正太郎としてよく紹介されている。そのほか映画や絵画にも造詣が深かった。しかし、私にとってはやはり小説家・池波正太郎が一番だ。そして短気で、やさしく、おしゃれで、粋な小説家池波正太郎が…。

(2011.12.01)

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