講談社100周年記念企画 この1冊!:ブルーバックス『マイコン・ソフトウェア入門』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

93冊目

ブルーバックス『マイコン・ソフトウェア入門』

古賀義亮

篠木和久
ブルーバックス出版部 46歳 男

ゲイツもジョブズもまだ二十代だったころ

書籍表紙

ブルーバックス
『マイコン・ソフトウェア入門』
著者:古賀義亮
発行年月日:1979/05/20

 昭和56年の話です。高校生だった私は学校からの帰り、池袋西武百貨店の当時11階にあった西武ブックセンター(現在のリブロ)に寄るのが定番の道草コースでした。高校生の小遣いで買える範囲なので、単行本は立ち読みするだけ、もっぱら文庫コーナーの客だったのですが、あるとき気まぐれから、何階か下のフロアにあるホビーコーナーまで足を伸ばしたことがありました。そこで、あるものと出会ってしまったわけです。

 コーナーに入るとまず、ガラスケースにNゲージの車両が整然と並ぶ鉄道模型の店がありました。その隣には切手ショップ、マジック用品店、古銭専門店と続きます。そして、さらに進んだフロアの一番奥にそれはありました。マイコンショップです。パソコンなんて言葉はまだありませんでした。今は気象予報士の石原良純が「太陽にほえろ!」の新人刑事役で登場した際、マイコンとあだ名をつけられ、「ボス、古いですよ、今はパソコンですよ」と軽口を叩いて怒られるのは、それから3年あとの話です。

 さて、そのマイコンショップの店頭には、カバーが外され配線がむき出しになった「Apple II」と「NEC PC8001」がうやうやしく鎮座していました。現在のデスクトップパソコンの嚆矢となったマシンです。PC8001にはBASICというプログラム言語が組み込まれており、誰でもいじってみることができるようになっていました。私も試しにキーボードでポチポチと適当なアルファベットを打ってみました。画面には打ったとおりに文字が映し出され、それだけでもちょっとした感動を覚えたものです。ところが、そのあとどうすればよいかがわからない。となりのマシンでは、モニタにカラフルな直線曲線が描かれ「デモプログラム実行中」とある。ああ、こんなふうにマシンを操れたらなぁという思いがふつふつと込み上げてきた私は、さっそく11階に取って返し、そこで見つけたのがブルーバックスの『マイコン・ソフトウェア入門』(古賀義亮著)でした。

 それからしばらくの間、道草コースは書籍売り場からマイコンショップへと変わりました。本に掲載されている「1から10まで順番に足した合計を求める」「三角形の底辺と高さを入力して面積を求める」などというわずか10行足らずのプログラムを必死に暗記し、お店に向かう。キーボードから一文字ずつ入力して書き終わる、リターンキーを押す、「Error」の表示。あれ、どうして、と思いながら、トイレに駆け込み、学生鞄に忍ばせた『マイコン・ソフトウェア入門』を取り出す。見直す。あ、5行目で一文字打ち間違えた……。コンピュータ相手なので一文字だろうが間違えたらプログラムは動かないんですね。そして踵を返しふたたびマイコンショップへ。そんなことの繰り返しでした。

 当時コンピュータはまだまだ高価で、手に入れることができたのは大学生になってからでしたが、この本は、とにかく何度も読み返し、掲載してあるミニプログラムは何個も暗記しました。かつて小説でも受験参考書でも、こんなに読み込んだことはなかったというくらいです。

 あとで知ることになるのですが、私がこうして学校の帰りに“マイコン”と格闘していたとき、海の向こうはどうだったかというと、先ごろ惜しくも亡くなってしまったアップル創業者のスティーブ・ジョブズが26歳、マイクロソフトのビル・ゲイツは25歳と、ともにまだ20代半ばだったんですね。そんな二人と並べてみるのもおこがましいですが、東京の池袋でデパートの片隅をうろつく16歳の私には、やがてネットとパソコンが必需品になり、誰もがキーボードを叩く時代がやってくるとは、想像すらできませんでした。今から思えば、この本はそんなIT社会のまさに黎明期に、時代の先端に触れる機会を作ってくれた一冊でした。

(2011.10.15)

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