講談社100周年記念企画 この1冊!:『猫楠』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

87冊目

『猫楠』

著者:水木しげる

小澤久
ブルーバックス編集部 50代 男

熊楠の亡霊

書籍表紙

『猫楠』
著者:水木しげる
発行年月日:[上巻]1991/12/16 [下巻]1992/02/22

 1991年と言えば、世の中はバブルがはじけ、その余韻にひたりながらバブル以前のささやかな生活に戻っていったころなのだろうか。運よく(?)日本のバブル時代をアメリカで過ごし、1990年に講談社に職を得た私には、バブル当時の日本の文化が欠落している。帰国したとき宮沢りえを知らず笑われ、ジュリアナ東京に興奮した。

 当時は科学雑誌『クォーク』の編集で、月に何度か徹夜、月の半分はタクシーで帰宅する日々の中、南方熊楠の特集をはじめて任された。名前は聞いていたものの、熊楠についての知識は何もない。しばらく本や資料を読み漁った。 ちょうど没後50年(1867年和歌山県生まれ、1941年没)ということで、熊楠本や雑誌で特集をしていたので、すぐに資料はそろうことはそろった。どの本や雑誌にも、粘菌をこよなく愛し、有名な科学雑誌『ネイチャー』にはじめて論文が掲載された日本人、大英博物館で職を得、孫文と親交を深め、戦艦長門艦上で昭和天皇に進講、子どものころ借りた『和漢三才図絵』105巻を暗記して写本するなど、異人・変人ぶりばかりを取り上げた記事が多い中、水木しげるの『猫楠』だけは、それらを超越して、熊楠のどこか人間的なところが猫を通して語られていた。漱石の『わが輩は猫である』がモチーフになっていたのだろうが、『ゲゲゲの鬼太郎』を読んで育った世代には、熊楠が妖怪そのものに感じられた。

 家では裸同然で暮らし、ちんぽをアリに咬まれて2倍に腫れたのを機に、アリとちんぽの研究をはじめるといった探究心(?)は、見習わなければならない(?!)。とはいえ、南方熊楠がブームになったきっかけのひとつに、人と違うことをすることが美徳という、バブルへの反発があったのかもしれない。

 この『猫楠』は、いまはなき『ミスターマガジン』に連載され単行本となった。『ミスターマガジン』は硬派な成人漫画といえば聞こえはよいが、2000年に休刊になってしまった。じつはそれより前の1997年に『クォーク』は休刊になっていた。それは熊楠とはもちろん関係のないことなのだが……。

 この『猫楠』がきっかけで水木しげる先生にお目にかかる機会があった。『ゲゲゲの女房』が昨年ヒットし、『猫楠』のことが頭に浮かんだ。もしかしたら、いまでも熊楠の霊が近くを彷徨っているのかもしれない。

(2011.09.15)

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