83冊目
『冬の喝采』
『冬の喝采』
著者:黒木亮
発行年月日:2008/10/20
大学の体育系クラブの後輩に渡したら、こう言って本を返してくれた。
「ありがとうございました。ケガで思ったように練習できなくて腐ってましたけど、苦しんでるのは自分だけじゃないんだと思えました。もう競技生活はやめようかと思ってましたが、もうちょっと頑張ってみようと思います」
後輩はケガから復活して大学の代表選手になった。この本に救われ活躍できたわけだ。
著者の黒木亮さんは、経済小説に定評があるが、実は早稲田大学競走部出身。箱根駅伝では瀬古利彦とタスキをつないだ名ランナーだった。故郷の北海道で競技を始め、早稲田大学に入学。そこで中村清監督に怒鳴られながら箱根を目指す自伝的小説だ。
青春スポーツ小説ではあるが、この本が違うところは、競っているのが他の選手ではないところ。主人公は自分自身と戦い続ける。小説の基になっているのは、学生時代に付け続けた練習日記。練習メニューやタイム、その時の体調や苦悩を克明に記録していたのだという。
高校・大学とケガに苦しみながら陸上競技を続けるが、同級生の瀬古にはとても敵わない。箱根で走ったからといって有名人になれるわけでもない。もちろんカネにもならない。走る動機は完全に自己満足のため。自分を甘えさせなかった、自分をとことん追い込めた──あまりにもストイックな世界だ。
享楽的な学生生活とは無縁に生活の全てを陸上に注ぎ込む姿は、「狂気」とも言える。でも、そんな姿がカッコイイ。だからこそ箱根駅伝は面白いんだと納得できる。
文中にこんなフレーズが出てくる。
<レースの結果は、わずか一行に集約される。残る物は、氏名、記録、区間順位、チーム順位の四項目だけである。そこには、怪我をしていたからとか、風邪をひいていたからと書かれることはない。>
現在の部署・広報室に異動する前は、15年間、週刊誌にいた。他誌にスクープを取られた言い訳、原稿がなかなか書けない言い訳、そんなことばかり考えていたように思う。このフレーズを読むと、身が縮むような気がする。
(2011.09.01)