講談社100周年記念企画 この1冊!:『冬の喝采』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

83冊目

『冬の喝采』

黒木亮

吉田健二
広報室 43歳 男

異色の青春スポーツ小説

書籍表紙

『冬の喝采』
著者:黒木亮
発行年月日:2008/10/20

 大学の体育系クラブの後輩に渡したら、こう言って本を返してくれた。

「ありがとうございました。ケガで思ったように練習できなくて腐ってましたけど、苦しんでるのは自分だけじゃないんだと思えました。もう競技生活はやめようかと思ってましたが、もうちょっと頑張ってみようと思います」

 後輩はケガから復活して大学の代表選手になった。この本に救われ活躍できたわけだ。

 著者の黒木亮さんは、経済小説に定評があるが、実は早稲田大学競走部出身。箱根駅伝では瀬古利彦とタスキをつないだ名ランナーだった。故郷の北海道で競技を始め、早稲田大学に入学。そこで中村清監督に怒鳴られながら箱根を目指す自伝的小説だ。

 青春スポーツ小説ではあるが、この本が違うところは、競っているのが他の選手ではないところ。主人公は自分自身と戦い続ける。小説の基になっているのは、学生時代に付け続けた練習日記。練習メニューやタイム、その時の体調や苦悩を克明に記録していたのだという。

 高校・大学とケガに苦しみながら陸上競技を続けるが、同級生の瀬古にはとても敵わない。箱根で走ったからといって有名人になれるわけでもない。もちろんカネにもならない。走る動機は完全に自己満足のため。自分を甘えさせなかった、自分をとことん追い込めた──あまりにもストイックな世界だ。

 享楽的な学生生活とは無縁に生活の全てを陸上に注ぎ込む姿は、「狂気」とも言える。でも、そんな姿がカッコイイ。だからこそ箱根駅伝は面白いんだと納得できる。

 文中にこんなフレーズが出てくる。

<レースの結果は、わずか一行に集約される。残る物は、氏名、記録、区間順位、チーム順位の四項目だけである。そこには、怪我をしていたからとか、風邪をひいていたからと書かれることはない。>

 現在の部署・広報室に異動する前は、15年間、週刊誌にいた。他誌にスクープを取られた言い訳、原稿がなかなか書けない言い訳、そんなことばかり考えていたように思う。このフレーズを読むと、身が縮むような気がする。

(2011.09.01)

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