講談社100周年記念企画 この1冊!:『赤んぼ大将山へいく』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

78冊目

『赤んぼ大将山へいく』(佐藤さとる全集 5 より)

佐藤さとる

中田雄一
文芸図書第一出版部 44歳 男

姉の本棚の気になった一冊

書籍表紙

『赤んぼ大将山へいく』
(佐藤さとる全集 5 より)
著者:佐藤さとる
発行年月日:1973/03/26

 入社して2年目に、児童書の編集部に異動になりました。これはびっくり。まったくの予想外で、まさか自分が児童書の担当になるとは思ってもいませんでした。子どものころ、ほとんど本を読んでいなかったので、児童書の世界がいまいちピンとこない、ということもありました。編集部の書棚に並ぶ本を見ても、よく知らない作家・本ばかり。でも一冊だけ目についたのが、佐藤さとるさんの「赤んぼ大将山へいく」でした。

 ぼく自身は親に本を買ってもらった覚えはありませんでしたが、6歳違いの姉は違ったみたいで、彼女の本棚にはけっこう本が並んでいました。そんななか、なぜかこの本が気になり、読んでいたんです。なんでだろう。村上勉さんの絵が気に入ったのかな。で、おもしろくて、何度も何度も読んだ記憶がありました。

 でも、そんなに読んだくせに、おもしろかったという思いがあるだけで、内容はさっぱり忘れていました。それで、改めて読んでみました。おもしろかった!

 主人公のタッチュン(タツオ)はまだ赤ちゃんで片言しか話せませんが、動物や鳥や草木、さらには機械とは言葉を交わすことが出来る。つなぎみたいな「モモンガ服」を着ると自由に動き回れるようになる。そんなタッチュンが動物たちと不発弾の処理をし、ついでに過去の世界にタイムトリップする(強引なまとめですが)、月並みな言い方で恐縮ですが、わくわくドキドキのお話しです。

 タッチュンはスーパー赤ちゃんではありますが、何でもかんでも出来ちゃうわけではありません。「モモンガ服」を脱いじゃえば、ただの赤ん坊になってしまう。自分の腕時計を通じて、遠く離れたところの時計と通信が出来るのですが、そのためには両者の時間がちゃんとあってないといけない。できることとできないことがきっちりわけられている。そんな制約を、知恵と工夫で乗り越えるところに、わくわくドキドキが生まれるのであり、かつての自分がなぜ夢中になったのかなんとなくわかった気がしました。同時に児童書の世界がなんとなくおぼろげに見えてきた気がしました。

 その後、児童書の仕事をするうち、大人である自分の受け止め方と、子どもである読者の受け止め方は、果たして一致しているのだろうかという悩みがつねにつきまとっていました。ただ、そんなとき「赤んぼ大将山へ行く」に対する感覚が、ひとつの指針になっていたのは間違いないと思います。

 じつはこの本のオリジナルは、小社から刊行されたわけではなく、ぼくが編集部で見たのは小社から刊行されていた佐藤さんの全集の1冊でした。姉の本棚にあったのがどちらかは、いまとなってはわかりません。いまはオリジナルも、小社の全集も入手困難なようで、この点はとても残念です。佐藤さんといえば、「コロボックル」シリーズ(こちらは小社から絶賛発売中!)が有名ですが、ぼくにとっては断然、これが一番です!

(2011.08.01)

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