講談社100周年記念企画 この1冊!:『今夜、すべてのバーで』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

70冊目

『今夜、すべてのバーで』

中島らも

松浦直弥
経理部 34歳 男

熱量

書籍表紙

『今夜、すべてのバーで』
著者:中島らも
発行年月日:1991/03/30

 この本に出会ったのは中学3年生に上がったばかりの頃だったと思う。同級生のすこしマセた友人が学校の休み時間に貸してくれたことを覚えている。その頃の僕は、授業中は教師の話をロクに聞かずにずっと本とかマンガを読んでいる、不真面目かつ根暗な少年だった。

『今夜、すべてのバーで』は簡単に言うと、重度のアルコール中毒患者が入院し、再生していく物語である。当然、当時はお酒を飲んで酩酊したことなどなかったし、アルコール中毒という言葉の意味を知っていても、それが具体的にどういう状態を指す言葉だということなんて知りもしなかった。

 ただ、この本に書かれているようなことを体感的に理解できなかった中学三年生にも、この本がなにか狂気につつまれたような、それでいて人の感性にザラザラと訴えかけてくる、“熱”のようなものを持っているということはなんとなくわかった。

 それから9年後、奇しくもその本を出版した会社で働くことになった。

 出版社で働いていると、しばしば、良きにつけ悪きにつけ人が放つ“熱”のようなもに触れる機会がある。それは作家が放つものだったり、編集者が放つものだったり、出版という小さな業界で出版物を作ることに携わっている人が放つそれだったりする。

 世の中にはとてつもない“熱量”を持った作家が無数にいて、その“熱量”に反応した編集者がそれらを見つけ出し、企画としてまとめ、そこからさらに多くの人の手を経て世に送り出される。そして、そんな出版物がまかり間違って、一人の人生に影響を与えてしまったりもする。ちょうど、『今夜、すべてのバーで』を手に取った19年前の僕のように。

『今夜、すべてのバーで』は、作者・中島らもさんの実体験がベースになっている小説だ。アルコール中毒に係わる薬や症状のリアルな描写や、アルコール中毒患者が陥る思考など、自ら、アルコール中毒という症状と向き合い、それを創作物にしてしまったこの作品は今読み返してみてもすごい“熱”を放っている、と思う。

 アルコールとの付き合い方は一向に上手くなりませんが、私にとって本が放つ“熱”を感じさせてくれる「この1冊!」、それが『今夜、すべてのバーで』です。

(2011.07.01)

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