69冊目
『妖精王の月』
『妖精王の月』
著者:O.R.メリング
翻訳者:井辻朱美
発行年月日:1995/02/20
「そなたの答えがノーでも、彼女の答えはイエスだ。わたしは〈人質の墳墓〉から花嫁を連れていく」
はじめまして、念願かなって児童局に配属されました新人です。
部署に配属されて、発見がひとつ。
「どんな作家が好きなの?」と尋ねられ、「外国の作家ならミヒャエル・エンデにO.R.メリング……、日本の作家なら……」つらつらと名前を挙げていったら、「根っからのファンタジー好きなんだね」と言われました。
無自覚だったんですが、言われてみればその通り。子どもの頃、夢中になってむさぼり読んだのは、ファンタジーでした。
『妖精王の月』の主人公、フィンダファーとグウェンもファンタジーが好きな女の子です。別世界を夢見て、そこへ通じる扉や通路を探していたふたりは、ケルトの文化が息づくアイルランドの地、タラで、墳墓に眠るという禁忌を犯します。
その代償が、冒頭の妖精王の言葉。
フィンダファーは妖精王に連れ去られます。グウェンを残して。
目の前に、自分の焦がれたもの、夢だったものが現れたとき、人はどんな反応をするのでしょう。
奔放で本能のままに生きるアイルランド人のフィンダファーは、妖精王の誘いに心の底からイエスと答えます。しかし、彼女のいとこであるグウェンは、惑ってしまいます。そして気づくのです。本気では、ファンタジーの世界を信じてはいなかったことに。
ぽっちゃりとした、現実主義のカナダ人は、それでもいとこを取り戻すために、妖精の仕掛けたゲームに挑んでいきます。
対するのは、美しくも荒々しい存在。妖精たちは、人よりも自然に似て、好き勝手に笑いさざめきながら、ただひたすらに楽しむことだけを求めています。人に手を出すのも、不死ゆえの退屈をまぎらわすためで、その結果が人にもたらすものなど、まるで気にかけないのです。それでも人智を超えた存在に、人は惹かれてしまいます。いやおうなしに。
O.R.メリングの描く虚構の世界は、本当に魅力的です。
虚構は、言ってしまえばつくりごと、嘘なのですが、だからこそ夢中になれる気がします。
現実には、当然ながら嫌なこともあります。自分にはどうしようもないことで、全くわけの分からぬまま、結果だけを顔面に打ちつけられることもあります。
ファンタジーはそれに対する特効薬ではありませんが、現実から半歩、宙に浮かせてくれる力があるように思います。そして再び現実に降り立ったとき、別の見方や、次の一歩を踏み出す勇気を与えてくれるような気がします。
東日本大震災以後、まだ混乱の中にありますが、こんな時だからこそ、現実に立ち向かうために、この幻想的で美しいファンタジーの世界で、一休みされてはいかがでしょうか。
(2011.07.01)