講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社文庫『おかあさん疲れたよ』(上)(下)

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

67冊目

講談社文庫『おかあさん疲れたよ』(上)(下)

田辺聖子

新町真弓
文庫出版部 30代 女

「いま」だからこそ「運がいい」と思いたい

書籍表紙

講談社文庫
『おかあさん疲れたよ』(上)(下)
著者:田辺聖子
発行年月日:1995/06/15

 私が心の支えにしている、ある女性の言葉がある。

 彼女の名前は倉本あぐり。田辺聖子の『おかあさん疲れたよ』で出会った、魅力的な女性だ。田辺作品では必ず魅力的な女性が登場するが、あぐりは私の中でちょっと特別。

 この作品は『言い寄る』三部作に代表される軽やかで鋭い恋愛小説とも、『ひねくれ一茶』『花衣ぬぐやまつわる…』のような評伝小説とも異なる。田辺聖子の戦後史であり、昭和史であり、王朝ロマンまで巻き込んだ大河恋愛小説でもある。それを一気に読ませてしまうのだから、その筆力たるや、ため息をついてしまう。

 作品の主人公は、第二次世界大戦中に中学生だった昭吾と、2歳だった美未という夫婦。夫婦それぞれのラブロマンスが描かれる。あぐりは昭吾と同年で、共に戦火から逃げたこともある。終戦後、昭吾は結婚を望んだが、あぐりは大黒柱として母と弟一家を支えるため、自らの幸せをあきらめ、別れることを選んだ。そして40代になって二人は再会。あぐりは独身のまま家族を支えていた。逢瀬を楽しむ二人。が、あぐりは昭吾にとって妻と娘も大切だと知っているから、多くを求めない。一人で死ぬときの準備すら、密かにしている。そして昭吾に言うのだ。

「感嘆符が付かな、あかんねんわ。あたし、『運がよかった!』と思ってるわ、あたしの人生――」

「!!!!!」

 感嘆符がつかなあかんかったのは、私の方だった。ちょっと、そこの私! 私大変とか思ってる場合じゃない! なにかのせいにしている場合じゃない!!! 被害妄想のまったくない、でも自虐的でもないこの言葉は、以降、大きな落ち込み(大失敗したとか)の時も小さな落ち込み(バスを乗り過ごしたとか)の時も私の中で蘇る。そして様々な意味で「運がいい」と思い直して前に歩かせてもらっている。

「戦時中にちょうど娘ざかりだった若い女性たちは、戦後、過酷な運命に待たれていた。(中略)同世代の私は、可憐な彼女たちから目を離すことができなかった。彼女たちへの応援歌をうたいたかった――そしてまた空襲で逝った同世代の少年少女らへの鎮魂歌も――」

 田辺さんはあとがきでこう書いている。

 いま、私たちは未曾有の出来事に直面している。私自身、とっても不安にもなる。そんなとき、あぐりの生き方とこの言葉は、私をやさしく励まし、なぐさめてくれる。だから「いま」選ぶ「このイチ」に本作を選んだ。これは、極上のラブロマンスでありながら、すべての女性に「いま」も捧げる応援歌なのだ。

 ちなみに田辺さんの小説は、17年くらい前、デザート編集部の緑川良子さんに渡されて読み始めた(もちろん、彼女が「このイチ!」に書いている『苺をつぶしながら』含めた『言い寄る』三部作)。素晴らしくて驚いた。そんな私がいつの間にか文庫出版部に異動し、田辺さんを担当させていただけたのだから、言葉通り「運がいい」と心から思っている。

(2011.06.15)

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