講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社文庫『グリーン・レクイエム』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

58冊目

講談社文庫『グリーン・レクイエム』

新井素子

中野勝仁
人事部 40歳 男

SF小説って、なんて面白いんだろう!

書籍表紙

講談社文庫
『グリーン・レクイエム』
著者:新井素子
発行年月日:1983/10/15

 この本を書いたのはSF作家の新井素子さん。僕が人生で、初めて大好きになった作家さんです。

 新井さんの作品に最初に出会ったのは、本屋さんの店頭でも図書館でもなく、NHKのラジオドラマでした。当時、田舎の中学生だった僕がハマっていたのが、ラジオの深夜放送。親にバレないように部屋の灯りを消し、布団の中に持ち込んだちっぽけなラジオに耳を澄ましていると、ある日流れてきたのが、『グリーン・レクイエム』だったのです。

 まっさきに、ヒロインの明日香を演じる荻野目慶子さんの、鈴の音のような美しい声音と、ゾクゾクするほど感情がうねる迫真の演技に心を奪われました。物語の鍵を握る、ショパンのノクターンの美しい旋律にも。やがて、めまぐるしく展開する奇想天外なストーリーそのものに、すっかり虜になりました。

 こんなに面白い物語を生み出した新井素子って、どんな作家なんだろう? そんな気持ちがどんどん膨らんでいくうち、通っていた図書館の棚で、ようやく原作を発見。夢中になって読んだ『グリーン・レクイエム』のページには、さらにドラマチックで奥深い世界が広がっていました。

 世間との交わりを一切絶って暮らす主人公の明日香は、植物を研究する若き学者・信彦と偶然の出会いから恋に落ちます。長い髪を腰まで伸ばす彼女の身体には、ある重大な秘密が隠されていました。そのため、二人は親や兄弟、恩師との絆を断ち切り、ひたすら逃げ続ける運命に。やがて追いつめられる二人。逃げ場のない絶体絶命の土壇場で、明日香が見せた究極の選択とは……。

 なんと壮大なラブロマンス。なんて面白いSFエンターテインメント! 『グリーン・レクイエム』ですっかり新井素子ファンになった僕は、ほかの作品を書店や図書館に探し求め、次々に読み進めました。高校生だった新井さんが、SF雑誌の新人賞を獲得したデビュー作品『あたしの中の……』。まっぷたつになってしまった幽霊が主人公という、なんともシュールな設定の『二分割幽霊綺譚』。ごくごく平凡な女子大生が、ひょんなことから事件に巻き込まれ、ついには異星人と対決する冒険活劇『絶句』。登場するキャラクターたちが、たまらない魅力に溢れたスペースファンタジー『星へ行く船』シリーズ。漫画家の吾妻ひでおさんとのエッセイ集など、もう手当たり次第です。

 新井素子さんの作品の多くには、「あたし」という一人称の主人公が登場して、泣いたり、笑ったり、まっすぐな気持ちを素直にぶつけてきます。その圧倒的に読みやすい文章と、いともたやすく感情移入できる登場人物たち。「エッ!」と意表を突かれる、SF小説ならではの仕掛けやどんでん返しなど、魅力は尽きません。

 そして読後もずっと心に残るのは、繰り返し語られる「好きだよ!」という、とてつもなくポジティブな気持ちでした。それは、恋人だけでなく、生きてある自分自身や家族、友人、それどころか見ず知らずの他者や、とりまく世界全部をも包みこんでゆく、恐ろしく巨大な「好きだよ!」という思いなのです。

『緑幻想 ─グリーン・レクイエム II』では、同じテーマが明日香の言葉として語られてゆきます。前作で迎えた衝撃的な結末が伏線となり、第二部では新たな事件が次々に起こります。いつしか舞台は水と緑に彩られた屋久島の深い森の中へと移り、迎える終局──。

 この後、明日香と信彦の恋物語が、どのような結末を迎えたのかは、ぜひご自身で作品を読んで確かめてみてください。とても温かい気持ちが胸に残るはずです。

(2011.05.13)

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