講談社100周年記念企画 この1冊!:ブルーバックス『新しいトポロジー』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

56冊目

ブルーバックス『新しいトポロジー』

本間龍雄

長尾洋一郎
文芸図書第二出版部 28歳 男

世界を見る目が変えられてしまった一冊

書籍表紙

ブルーバックス
『新しいトポロジー』
著者:本間龍雄
発行年月日:1973/09/10

 女の子との関係がうまくいかない。それも素敵な人に限って。

 高校1年生のクラスには、オノギさんとオミノさんという女子がいた(そして二人とも素敵だった)。ところが彼女たちを、「オ」「3文字」「素敵」とセットにして覚えてしまった私は、2年生になってオミノさんに「オノギさん」と話しかけ(逆ではなかったと思う)、口を利いてもらえなくなった。大学時代には、サークルの女友達がある晩、「君の目って、つぶらだよね」と笑いかけてくれたのだが、目が細小さいことにコンプレックスを抱えていた私は、「あはは、『つぶら』って本来、『円い』っていう意味だよね」と照れ隠しに意味不明なことを言って、二度と口を利いてもらえなくなった。

 こうなってしまう原因は、たぶん、中学生のときに読んだ講談社の本だと思う。

『新しいトポロジー――基礎からカタストロフィー理論まで』(ブルーバックス214)は、バリバリの文系だった母が、大学の教職で取った講義の教科書だそうだ。それが一学期使ったにしてはいやにきれいなまま、我が家の本棚に、やや周囲とそぐわない感じで並んでいた。「トポロジー」という語感はなんとなくカワイイ。それに、ブルーバックスは中学生くらいからの読者にも読みやすいように書かれている。これがいけなかった。

 私たち人間がカタチあるモノを認識するとき、最初にやるのは「仲間分け」だろう。まる、さんかく、しかく。このカタチはどれの仲間か。自然にそう考える。質感を無視すれば、りんごとお日様は同じ球。プールと消しゴムは同じ四角柱。なぜそんな認識の仕方をするかといえば、恐らく、ある仲間の性質がわかっていれば、次に同じ仲間のモノを見たときも、その知識が応用できるからだ。丸いモノは転がる。四角柱は、底面が十分に広ければ安定する。だから、私たちは実際に試してみなくても「ダイエット器具としては、さいころクッションよりゴムボールの方が有効だ」と判断できる(実際には判断するだけでなく試さないとダイエット効果はない)。

 ところが18世紀に数学者のオイラーがある問題を発見したのをきっかけに、20世紀になって一部の人たちが新しいカタチの仲間分けを唱えだした。いわく、「そのカタチには、穴が何個空いているか?」それが位相幾何学、トポロジーだ。

 トポロジーの世界では、ドーナッツと、持ち手がひとつのコーヒーカップは「同じ」。穴がひとつの仲間だ。粘土を持ってきて、一方を作ってみると、穴を一度も潰さないで、他方に変形することができる。逆に、穴がひとつのカタチから、穴を潰したり新たに空けたりしないで穴が二つ以上のカタチを作ることはできない。ドーナッツと醤油さしはトポロジーの世界でも仲間にならない。

 こうした、一見一銭にもならないような理論が、実はインターネットや携帯電話網の設計をするネットワーク理論を支えているので、80年代にトポロジーを応用できるくらい勉強していれば今頃億万長者だろう。だが、74年発行の本書にはそんなことは書いていない。それでも、ただ描かれている奇妙な図形の群れを見るだけで面白い。そして、世界を見る目を変えられてしまう。周囲の物事を、普通とはちがうルールで仲間分けをする楽しさに開眼させられてしまうのだ。そのせいで、「オノギさん」と「オミノさん」は位相同型な気がするし、「つぶらな瞳」=「円谷プロ」=「円」は同じ集合の元だと思える。私が女の子との会話に失敗するのは、ひとえにこのトポロジーのせいだ(決して人の名前を覚えないせいではない)。なんだか毎日が同じように過ぎていき、同じルールに縛られて生活しているなあと倦んでしまったら、脳みそをシャッフルしてくれるような本書がお勧めです。

(2011.04.28)

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