講談社100周年記念企画 この1冊!:「月刊現代 2006年10月号」

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

49冊目

「月刊 現代 2006年10月号」

青木肇
学芸局翻訳グループ 41歳 男

幽霊屋敷の巨人

書籍表紙

月刊 現代
2006年10月号
発行年月日:2006/09/01

 数年前まで、講談社社屋裏の坂をちょっと登ったところに、「第一別館」と呼ばれる幽霊屋敷のような古い洋館があった。敗戦直後にGHQに接収され、キーナン主席検事の邸宅になったこともあるという歴史的な建物だ。近代の趣さえ漂うその館の個室に、かつては作家や寄稿家の方がごっそり資料を持ち込み、不眠不休で作品に取り組んだ。いわゆる業界で言うところの“カンヅメ”である。

 2006年9月、“ポスト小泉”として日本のトップに就任した安倍晋三総理は、のっけから日本国憲法の改正を唱え、改憲の可能性が高まっていた。当時、主にノンフィクションや時事評論を扱う雑誌「月刊現代」編集部にいた僕は、“知の巨人”こと、立花隆さんの担当をさせてもらっていたのだが、「今の政権は、日本国憲法という戦後民主主義社会の根幹をなす枠組みを全否定しようとしているのではないか」という氏のお話を聞き、「それではそのあたりを弊誌にぜひご寄稿ください」という話がとんとん拍子で進んだ。その立花氏が連日連夜泊り込んで執筆したのが、まさに前述の幽霊屋敷、ではなくて第一別館だったのである。

 カンヅメ中の立花氏から「こんな資料が欲しい」という電話が頻繁に編集部にかかってくる。すぐに資料を集めて第一別館にお持ちする。それはまったく構わないのだが、問題は深夜、1人で館に行くのが怖い、ということだった。冗談ではなく怖い。坂を上がると、暗闇の中にひっそりと佇む古ぼけた洋館。「かつては座敷牢だった」という、むき出しの窓に鉄格子の嵌められた地下室。まるで江戸川乱歩か横溝正史の世界である。

 ある時など、玄関を開けた瞬間、目の前の暗い廊下に人影らしきものが見えたので、思わず「ひいっ」と叫んでしまった。暗闇の台所で茶碗をゆすぐ立花さんだった。

「ああ、あの、し、資料をお持ちしました」

(平然と)「あ、そう。あ、そう」

 このヒトは何でこんな怖いところに、密室殺人でも起こりそうな古い館に深夜1人でいられるんだろう、と不思議でしょうがなかった。

 原稿が校了するまでの約1週間、多いときは1日20往復ぐらいしたが、とにかく夜の別館は最後まで苦手だった。わざと鼻歌をふんふん歌って怖いのを誤魔化しながら通ったのも、今ではいい思い出だ。

 苦労の甲斐あって(僕が書いたわけではないが)、この記事は大きな反響があった。あまり指摘されたことはないけれど、後に国民の間に少しずつ「改憲」への疑義が芽生え、改憲容認の空気が急速に萎んでいった“一つの要因”になったのではないかと密かに自負している(ちなみに、この記事の「改憲政権への宣戦布告」というタイトルは編集部がつけたものだが、後で立花さんから「あれ、煽り過ぎだよね」と少しだけ怒られた……)。

 それからまもなくして第一別館は取り壊され、2008年には月刊現代も休刊してしまった。これからも、あの頃をこうやって時々懐かしむことになるんだろうな。まだ早いか?

(2011.04.15)

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