講談社100周年記念企画 この1冊!:『苺をつぶしながら』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

48冊目

『苺をつぶしながら』

田辺聖子

緑川良子
デザート編集部 39歳 女

『言い寄る』『私的生活』『苺をつぶしながら』 伝説の乃里子三部作

書籍表紙

『苺をつぶしながら』
著者: 田辺聖子
発行年月日:2007/08/01

「苺をつぶしながら、私、考えてる。
こんなに幸福でいいのかなあ、って。
一人ぐらしなんて、人間の幸福の極致じゃないのか?」

 主人公の乃里子は、今、素っ裸で大好きな苺を食べている。なんという開放感、そして幸福感! 初めて見る、圧倒的に楽しげな、大人の女。17歳の私は、この冒頭の3行にノックアウトされてしまった。これが3部作の3作目と知って、むさぼり読んだ1作目、2作目には、乃里子が“幸福”にたどりつくまでにとてつもなく苦い失恋をし、その傷をうめるように結婚した相手を愛せなくて、もっと傷つきながら別れを告げたことが描かれていた。田舎の高校生の私は、恋、も、自立、も、ましてや結婚も離婚も想像もつかないくせに、35歳の主人公に激しく共感し、憧れた。

 数年後、本を作る仕事に就けたとき、いつも胸に田辺さんの作品たちがあった。あんな読後感が残せる本が、作れたら。作り手の立場に(曲がりなりにも)立ってみると、構成・人物像・セリフ、すべてがとんでもない完成度であることに気づいた。いつのまにか新刊書店で手に入らなくなった文庫本を、古本屋さんで買っては配り、担当している漫画家さんと研究して語り合う日々。でも、何度読んでも、毎回初めて読むみたい。古びるどころか、新しい発見の連続、突き刺さる一文の連続なのだ。もちろん「研究」はどこかへ飛んで、漫画家さんも私もひたすら酔いしれてしまうだけ。今までこの本のなにを読んでたんだろう?と毎回思いながら、また読み返して、年齢だけが乃里子に近づいていった。

 入社時から、「3部作をそろえて出したい」という夢があった。それは、思いがけないかたちでかなった。(1作目だけ版元が違ったのです)。創立100周年記念事業の、書き下ろし企画の募集に、「田辺さんに乃里子3部作の続きを書き下ろしていただき、同時に3部作を復刊する」という案が採用された。コミックの部署にいながら、初めての文芸の仕事。田辺さんのもとへお願いにあがる道すがら、「この3部作のすごさを見過ごすなんて、出版社として怠慢では」と言わんばかりの私に、文芸の上司は「お前、その気持ちをそのまま田辺さんにお伝えしろ。でな、先に復刊やるぞ」と言った。田辺さんは、続編の依頼には戸惑いを隠せないご様子ながら、持参したぼろぼろの文庫本に目を細め、復刊を少女のように喜んでくださった。
お宅を辞してから、ずっと手が震えていたことに気づいた。田辺さんと関わって仕事ができたんだなあ、と素人丸出しの感慨に打たれ、涙が出たのは、もっとずっとあとの、何回目かの伊丹帰りの飛行機の中で。

 すでに全集を出していた集英社には、許可どころかご協力まで頂き、三部作は新装版になって全国の書店に並んだ。相当の本読みである書店の文芸担当者たちが、熱狂的に面白がってくれた。新人から中堅の作家たちが、驚きと先達への素直な感嘆を寄せてくれた。この本よりも若い読者が夢中で読んでくれた。私は古本を配らなくても沢山の人と語り合えるようになった。

「本当に好きな人には、言い寄れない」
「人は、自分が愛した人は忘れても、自分を愛してくれた人のことは忘れない」

 こんな、大人の愛の真実が、なぜ17歳の心にまっすぐ入ってきたのだろう。心からわかるような気にさせられたのだろう。

 でも確かにわかったのだ。これが小説の力なのだ。

(2011.04.01)

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