42冊目
『新世界より』(上)(下)
『新世界より』(上)(下)
著者:貴志祐介
発行年月日:2008/01/23
一日の仕事を終え、東京駅から東海道線に乗る。カバンから本を取り出してページを開く──。
通勤に1時間半以上かけているので、「たいへんだね」と労りの声をかけていただくことも多いのですが、当の本人は、こんな至福の時はないとさえ思っています。誰にも邪魔されない自分だけの時間。日常と離れた別の世界に没頭できる時間。
荒唐無稽な話や奇想天外な話がけっこう好きです。なので、超能力が出てきても、タイムマシンが出てきても、オタオタせずについて行けます。ただ、貴志祐介さんの小説は、どちらかというとホラーっぽいミステリーというイメージがあったので、SF的な設定のこの本はちょっと不意打ちでした。(もともとSFを書かれていたというのは、不勉強ながら後から知りました)
霞ヶ浦にほど近い人口3000人ほどの町が舞台です。7つの郷からなるこの町には、水路が縦横に張り巡らされていて人々は舟に乗って行き来します。町を描写する言葉は、水田、丹頂鶴、四季折々の祭り、などなど。
まるで昭和の農村のようですが、ここは1000年後の日本です。人々は呪力と呼ばれる念動力を持ち、生き物たちを支配しています。人々は、先史時代(いまの私たちの時代のことですね)と隔絶された歴史の中で、一見、平穏な生活を送っているようにみえますが、その社会には血塗られた秘密がありました。
聖徳太子の十七条憲法にその名の由来を持つ「和貴園」という学校に通う少女が主人公です。少女は4人の仲間たちとの冒険行の中で、その秘密を知ることになります。行ってはならないと教えられてきた結界の外でピンチに陥り、仲間と知恵を絞りながら脱出する場面は、まるで少年冒険小説のようで、ワクワク、ドキドキしながら読み進みます。
ただ、それはこの小説のホンのサワリでして、中盤以降は、「短い四肢と尻尾の付いた巨大な芋虫」やら「集団で人を襲う肉食性のダニ」といった気味の悪い生き物がゾロゾロ出てきますし、首をねじ切ったりするような残虐な殺戮場面もたくさんあって、血飛沫もいっぱい飛びます。
郷愁をそそられるような序盤から一転、まるで血の川の激流をジェットコースターで下っていくように中盤から最終章へ。こうなるともうページを繰る手が止まりません。これでもかというほどグロテスクな描写が続き、まさに息つく間もないテンポでクライマックスに向かいます。
そして、意外なエンディングが私を待っていました。
一気に読み終えて、本を閉じ、ふっと息をつきます。
一瞬、この本、子どもに読んでもらいたいな、なんてことが頭をよぎりました。そんなこと言うと、まあ、普通は眉をひそめられるだろうけど、と思いながら。いっぱい人が死ぬし、ついでに言えば同性愛の描写も出てくるし。
でも、オレが小学校高学年くらいで『家畜人ヤプー』を読んだときは、一丁前に差別問題なんかに思いを巡らしたりしたよなあ。子どもって、大人が思うよりもいろんなことを考えてるし、現実と物語を切り分ける能力もあると思うんだけど。きれいなものを選別しすぎて与えることで、そういった取捨選択の能力を伸ばす機会が奪われるんじゃないかな。
主人公をはじめ、子どもたち、若者たちが世界を変えていくストーリーを思い返しながら、そんなことを考えていました。舞台となった町に夕暮れ時に流れるというドボルザークの『家路』が、頭の中のBGMです──。
「終点、ひらつかー、ひらつかー」
まずい、夢中になって読んでいるうちに乗り過ごしてしまいました。これがしょっちゅうなのだけが困りものです。
(追記:私はハードカバー2巻本で出たときに読みましたが、最近文庫版が出ましたので、より電車の中で読みやすくなったと思います)
(2011.03.15)